ちいさなひとの歌



 おまえは馬鹿だ。

 いつかそういってやろうと思う。




「どうかしたか?坂本」
「なにが?」
「ずいぶん浮かねえ顔してるぜ」

 大当たり。だけど景品はないぞ。

「なんかあったのか?そういや、最近東商の奴らが派手なことやってるって話だけど、まさか揉めたのか?」
「まさか。あいつらだって馬鹿じゃない。うちには手を出さねえよ」
 否定しているのに、顔がきつくなるのは何故だ?
「何かあったら言えよ」
「わかってる」
「すぐに俺に言え」
「わかってるよ」
 うなずいているのにますますきつくなる顔が、間際まで近づいてきた。
 葛西の手が、頬にあたってひんやりと冷たい。


「何かあったら俺に言え。全部片付けてやるから、お前は手を出すな」




 ・・・・・それは傲慢だ、葛西。




「葛西」
「いいから。俺に任せとけばいいんだよ、お前は」



 指が、頬に触れる。
 目を真っ直ぐに見つめても、そらされることはない。


 ふいに、葛西が笑む。



 それは坂本にしか見せない顔で、まるで変わっていない顔で、それが彼を特別にする。




 目も声も言葉も腕も仕草も、ただ一人にしか見せないものがあって、それが坂本を特別にした。
 葛西が、葛西でなかったら、何の意味も持たずにすんだものが、彼を特別という高いところに押しやった。

   この正道館で、葛西の親友だということは、そういうことだった。
 特別な場所。特別な地位。抜きん出て強いわけでもない坂本が、抜きん出た場所に立つ。
 誰もが、葛西のために坂本を特別に扱う。


 つらくはない。
 虎の威を借っている気もするが、振り回されなければいい。
 変わらなければ、それでいい。





(だけど俺は怒っているんだ)

(お前が俺を特別にしたことじゃない)

(みんなが俺の後ろにお前を見ることにじゃない)



 それはどうでもいい。
 少し嫌ではあるけれど、それよりお前の隣が好きだから。


 だけど坂本は怒っている。
 深く怒っている。



(お前が、それに満足していることに怒っている)




 俺を特別にして。
 特別扱いされる俺に。


 満足しているお前を殴ってやりたい。

 俺がいつそんなものを望んだ。
 高いところに行きたいと、ガキのように欲しがったことがあったか?

 それとも、飴を与えておけば黙っている子供だと思っているのか。

 怒っているんだ。
 お前があんまり馬鹿だから。






「おい、どうした?・・・・坂本?」

 

 
 怒っているんだよ。

 怒り過ぎて、涙が出そうだ。

 お前があんまり馬鹿だから。
 馬鹿すぎて、自分を追い詰めるから。



 
 お前が負けても何も変わらないと、言っているのに。

 俺が離れないようにと、いろんなものをくれた。
 特別な場所に俺を置いた。

  
 そして積みあがったガラクタの山。
 いらないと拒むたびに新しいものをくれるから、すっかり俺が埋もれた気がする。


 俺が欲しいものは、ノーテンキに馬鹿やってる俺たちだよ。
 前は、知ってたろ?



 どんどんどんどん穴掘って。
 自分の前に穴を掘って。

 そんなことをしてたらいつか壊れちまうんだよ。

 俺は、お前が勝っても負けてもいい。
 そんなことでは変わらない。
 でもお前が変わってしまったら、俺だって変わる。


 お前が心底嫌なやつになったら、俺は変わる。




「葛西・・・・」
「うん?」
「人の頭を撫で繰りまわすな」
「いーだろ。慰めてんだ」
 慰められる覚えはないといおうとして、いえなかった。



 今でも十分嫌なやつだ。
 俺を信じねえし。
 いらねえ物ばっか押し付けて悦に入ってるし。
 馬鹿だし。
 自分で自分追い詰めてるし。
 そのことに気づいてるんだかないんだか。
 気づいても認めないんだろう。


 こっちを見ろよ。
 そんな濁った目じゃ何も見えてないんだろ。



 お前が一人で穴を掘っている気がする。
 隣にいる俺の声にも目にも気づかずに、一人で穴を掘っている。


 自分が落ちる穴を。








 怖い。
 体中が痛い。

 自分で掘った穴に、マヌケにもお前が落ちてしまったら、俺はきっと泣く。

 慰めているらしい手は冷たいくせに温かくて、なんも見えてない目はそれでも俺に笑いかける。


 俺はきっと泣く。
 心臓の痛みに耐えかねて泣く。







 お前が心底嫌なやつになったら、俺は変わる。

 だから、葛西。




「・・・・俺は変わらねえよ」
「なんだよ、突然」
「覚えとけ」
「・・・・・・はいはい」




 おまえは心底嫌なやつになんかなれないんだから。


 だから、どうか、もうやめてくれ。
 お前がお前を追い詰めるたびに、息がしにくくなる。
 心臓に火をおしつけられる気分だ。
 痛いんだよ。苦しいんだよ。馬鹿野郎。
 俺はなにもいらねえよ。
 馬鹿なことやって、馬鹿な話して、馬鹿みたいに笑えればそれでいい。



 お前が俺の言葉を聞かないで行くたびに、俺は俺の無力さに心臓が痛む。


 おまえのせいだ。


 辛いのはお前のせいだ。お前が辛いから俺まで辛くなるんだろうが。



 だけど。
 それでも。
 俺はお前が大事なんだよ。


 神様なんか信じてねえのに祈っちまったり、いやがられても嫌われてもいいからお前を止めたいなんて思ってしまうのは、お前が好きだからだ。
 ああ、俺も馬鹿だ。



 怒ってるし嫌なやつだし本当は殴ってやりたいが、それでも。


 もらった優しさと、気遣いと、熱と、幸せを覚えている。


   
 葛西。








 お前が穴に落っこちそうになったら、殴ってやる。
 怒りを込めて、殴ってやる。

 きっと返り討ちだろうけど、穴があいてることくらいは気づくだろ。
 気づかなかったらもう知らねえけど。

 俺をなでる手はやさしいから。

 きっと気づくよな。

 そしたらお前に言ってやる。





 お前は馬鹿だって、言ってやる。







 そうしたらまた、屋上でタバコを吸おう。











「坂本?」
「大丈夫だ・・・・・」
「・・・・・何かあったら俺に言えよ。全部片付けてやるから」








 













 
 たまにはシリアス。
 前田とゆーか、鬼塚と闘うより前だと思ってください。
 27巻の「坂本さんには甘いよな、葛西さん」「しょーがねーよ」で葛西坂本に揺らめいた女なので、この辺のネタは書きたいと思ってたんですが・・・・暗。
 ええ、でも、葛西は坂本には甘くてしかもそれが公認!?という会話にはくらくらきました。
 「しょーがねーよ」で済まされるんですか!?そうですか、仕方ないこととされているんですか、そうですか。
 葛西の「カカトが減る」もナイス。