この感情をなんと言うのか。

 坂本は知らない。




鳥かご






 冷蔵庫の中にはビールと、ビールと、ビール。
 キッチンはすでに活動をやめ、場違いに見えながらもおいてある二つのコップだけが唯一生活感を演出していた。
 無機質な空間に、赤茶色のコップ。揃いでもなんでもない、けれど二つ。


 よく似た部屋を知っていた。


 ぎらついた目を隠すことに長け、口元には薄笑いを、言葉には艶を、存在そのものが力であるような男。
 千人に一人も、いないだろう人。

 ………よく似た男を、知っている。




 ここはまるで鳥籠だと、起きるたびに思う。
 今では朝きちんと目が覚めることのほうが稀で、昼間だったり夜だったり不規則に起きる。
 それなのに、不思議と、起きたときに彼がいなかったことがない。
 なんの仕事をしているのかは知らないが、そんなんで大丈夫なんだろうかと心配になって。
 ……だがすぐにどうでもよくなる。
 心配に、もうなれない。
 彼はあの男ではない。
 あの、自分の命より大事なたった一人ではない。
 どれほど似ていても。


 坂本はベッドから起き上がる。
 拾われてから何日たったのか、数えようとしてすぐにその気が失せた。
 彼はやはりそこにいた。いつもと変わらず、なにを考えているかわからない目をちらと向けたきり、またすぐに雑誌に目を落とす。
 鳥籠のようだと、思う。
 もう飛べない鳥を保護していったい何になるのか。
 疑問はあったが坂本は聞かなかった。話すことが億劫だった。水だけ飲んで、ベッドに戻る。何もかも面倒だ。
 早く捨ててくれればいいのに。


「坂本」
 声とともに、ベット端の小さな机にお盆が置かれた。
 彼は何も言わずに立っている。
(やめてくれ)
 似ていないのに似ている。
 似ているのに似ていない。
(あいつじゃない……!)
 なのにその仕草は何だ。お前はいったい誰だ。いってみろよ。お前じゃない。
(俺が欲しいのはお前じゃない)
「坂本」
 あいつはこんな声じゃない。なのに呼び方だけは同じ。
 似すぎていて苦しい。そんな風に、そんな風に自分を呼ぶくらいならなんでお前じゃない。




 葛西。




 鳥籠の中で鳥はじわじわと死んでいく。
 どれほど餌を真似てみても、それでは嫌だと吐き出すばかり。





 いっそ彼を葛西と思って生きようか?





 見開いたままの目が涙を流すことはもはやなかったけれど、彼の掌はその目をゆっくりと覆い、やがて瞼が閉じられるまでそのまま熱を与え続けた。



 鳥籠の中で鳥はじわじわと死んでいく。
 それでもなお、坂本はその名を知らない。