チョコレート
バレンタインといえば、男ならたいていは、気にせずにいられない日である。
たとえ義理であろうと、もらうのは嬉しい。あとでお返しを考えて嫌になる人も多いが、それでもまったくもらえないというのは寂しい。
しかし例外も存在する。
靴の代わりに下駄箱を占領しているそれを見やって、坂本はため息をついた。
(どーすっかな・・・・・)
今日はバレンタインなのだから、ある程度は想像のついた光景だ。去年と同じで。
想像どおりでもちっとも嬉しくないが。
狭い靴箱の中にはチョコレートが積みあがっている。
普通なら嬉しい。チョコが嫌いなわけでもない。
しかし自分が置かれている環境を考えると・・・・触るのもやだ。
「今年もモテモテだな、坂本」
「リン・・・鳥肌の立つよーなこといわないでくれ」
完全に面白がっている友人に恨みがましい目を向けた。
「なんだってうちはこうなんだ」
「伝統だろ。ほら、やるよ」
そういって、デカイごみ袋を渡された坂本の顔は引きつっていた。
「・・・・・・・やっぱり共学に行けばよかった・・・・・」
正道館は男子校。
男にチョコをもらって喜ぶ趣味は、彼にはなかった。
「じゃあなんで共学に行かなかったんだ?」
友人の戦利品のチョコをバリバリとほおばりながらリンが尋ねた。
二月にしては暖かく、屋上でサボるのは気持ちがいい。
大きなごみ袋いっぱいに詰められたチョコレートさえなければ。
「葛西がここしかこれなかったんだよ」
「頭が悪すぎて?」
「お前と一緒にすんな」
「似たようなもんだろ。内申が悪すぎてダメだったんだから」
リンといっしょにされた葛西は嫌そーな顔でタバコを消した。
中学の頃から立派にぐれていた葛西は、勉強はやればできるタイプの男だったが、教師受けが悪すぎた。
本人もそれを直す気はまったくなかったし、むしろはじめから正道館にいく気だったので揉めることはなかったが。
「それなら葛西と別のガッコいきゃあよかったじゃねーか」
何の他意もなくリンは口にしたのだが、なんともいえない沈黙が落ちた。
葛西は気まずそうにタバコに火をつけ、西島は見えないところでリンをどついた。
「まあ、そりゃそーなんだけど・・・・入るまではこんな目に遭うとは思わなかったしな」
冗談めかして言うと、明らかにほっとした顔でリンが話しに乗る。
「そうだよな、おかしいよな!いっくら女がいないからって、俺はゼッテエ男に走ったりしねえぞ!!」
「大体バレンタインてのは女が男にチョコをやるもんなのに、なんだって平然と野郎にチョコを渡せるのかわかんねえよ」
「こんなにもらってんのはお前ぐらいだけどな」
こんなに、とチョコの山を強調される。
だがよく見ればもう一つ山はあるのだ。
「葛西だってもらいまくってる・・・・・」
ごみ袋2は正道館の頭のものだった。
「俺のは全部義理。お前のは半分以上本命だ」
宣言される。
ちなみにこの辺の心理も坂本にはわからない。
確かに葛西のほうが義理が多いのは確かだが、どう考えたって三分の一くらいは本命だ。
なのにまったく動揺しない。平然としている。
そもそも義理だろーがなんだろーが男にチョコをもらうこと自体がおかしいだろうがっ!と叫びたいのだが、リンがいったとおり伝統である。
正道館における伝統。
男同士が多少おおっぴらにくっついていても黙認。
男しかいないのだからしょうがない、ということになっている。
「やっぱり共学に行けばよかった・・・・・」
「そんなに嫌なら、捨ててきてやろうか?」
グチグチ言う友人に嫌気がさしたのか、西島がチョコ山をさすと、坂本はきっぱりといった。
「駄目。食うから」
「お前、そんだけ嫌がってて食うのかっ!?」
「背に腹は変えられない。こんだけあれば食費がずいぶん浮くし・・・冷凍しておけば非常食になる・・・・」
「何の非常食だ!?」
「月末の金がないとき用」
きっぱりと言い切ると、リンが爆笑した。
「お前っ・・・すげえ・・・・スゲーよ・・・・・」
「一人暮らしは大変なんだぞ」
「お前ならどこでも生きていけるよ・・・・」
呆れ顔で西島が呟いたとき、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
次は出ないと出席日数が危ない、とリンと西島は出て行った。
穏やかな風が吹いて、葛西の吸っているタバコの煙がゆらゆら流れている。
柵に二人してもたれかかって、積みあがっているチョコの山に軽く笑った。
「・・・・共学、本気でいったわけじゃねえよ?」
「わかってる」
わざわざ言う必要ないと目がいっていたが、坂本は首を振った。
「お前、聞かないと信じねえから。聞いても信じねえし」
タバコの煙が揺れる。
「俺は昔より強くなったぜ?」
「・・・・・・そういうセリフは、自分で体温調節できるようになってから言え」
驚いてみれば、黒の目が怒っていた。
「・・・・なんでばれてんだ?」
「問題はそこじゃねえだろう」
「あれは・・・本当に久しぶりで・・・ここ二年くらい全然なかったんだ」
言い訳の言葉に、いっそう視線がきつくなるのを感じた。
人は恒温動物である。
夏でも冬でも一定の体温を保つ。
昔、坂本はそれが出来なかった。
夏はいい。冬になると駄目なのだ。まるで変温動物のように体温が下がってしまう。
コタツを強にして、ヒーターをがんがんにたいて、ホッカイロを常備して、暖かいものを飲んでいないとすぐ体温が下がる。
発作のようなそれは、高校に入る頃には治ったかのように見えていたのだが。
「なんでばれたんだ・・・・」
「俺はいつも、隠すなっつってるよなあ?」
こうなると、形勢が逆転する。
「あー、悪かった。俺が悪かったです」
おとなしく謝ると、なぜか今日に限ってそれ以上はいわれなかった。
ほっと胸をなでおろしつつ、この話題から逃げることを選んだ。
チョコ山をさしていった。
「なあ、お前あんなにチョコ食えないよな?」
「・・・・欲しいのか?」
うなずくと、非常に嫌そうに聞かれた。
「あんなにあってどーすんだ」
「五月まで持つだろ」
「五月?」
「俺ので二月と三月、お前ので四月と五月。冷凍しておけば持つだろ」
「やめろ」
即座に言われて、不満そうにみると、頭痛がするといわれた。
「月末は金がないんだよ」
「とにかくそれはやめろ。そういう不気味な真似をするな、コワイから」
「俺に水で生きろっていうのか」
睨み付けると、あっさりとした答えが返ってきた。
「ウチにくればいいだろ」
・・・・それは、そーなんだけどなあ。
葛西のうちに行けばタダなのだが。
何だかヒモみたいでいやだ、とはいわないで置いた。
時期はずれです。わかってます。
でも書きたくってさあ・・・・
また勝手な設定が出てきました。一応ウチ設定では、西島の葛西の呼び方は前田戦の前までは「葛西さん」前田戦後は「葛西」。リンだけ「葛西」になるというのも不公平だし、何より「葛西さん」だと書きづらいんですよね・・・
あと坂本は一人暮らしです。葛西は母親のみ一緒で。
坂本については作りまくってます。
怒られそうなほど。
でも設定の薄いのも書くので、濃いのが嫌な方はそちらをどうぞ。これは濃いです。