子守り歌



「これだから、お前といるとろくなことがねえ」
 ぼやきの声をせせら笑った。
「退屈してたくせによく言うぜ」
 いいながら、肘で後ろの男の顔面を潰す。
「おまえと一緒にすんな、よっと」
 言い返しながら、襲い来る拳を流して後ろにつったていた馬鹿と仲良くくっつけさせる。
「同じだろーが」
 わずかな不機嫌がこめられた声に、内心苦笑しながら彼はただ黙って頷いた。




 それはある種の、恒例行事。
 つい一ヶ月前までは中学生だった子供と、正道館の、葛西とでは天と地ほどの差があるにもかかわらず、身の程知らずはどこにでもいるもので。
 それならそれでタイマンでも挑んでくるのならまだ可愛げがあるが、そこまでも度胸は無いらしい。
 要するに、質より量。数で押せ。


 それで勝てるなら誰も苦労しないと、鬼塚辺りなら言うかもしれない。


 葛西は例によって屋上でタバコをふかしていた。
 葛西ほどヘビースモーカーでない坂本が、副流煙がどーたらこーたら文句をいおうとしていたとき。
「よォ、葛西さん。ちょっと顔かしてくれよ」
 実にありきたりな言葉とともに、団体で新入生が押しかけてきたのだ。
 どいつもこいつも、中学ではそれなりに名が知れている。
 高校でそれが通じるとは限らないが、とにかく彼らにとって正道館の頭という肩書きは、何より魅力的なものだった。
 女よりタバコより、クスリよりも、その地位を。そのためにここに来たといっても過言ではない。


 言葉無く、先に立ち上がったのは、ナンバー2だった。
 つい一瞬前までの穏やかさは消え、黒耀の目を凍てつかせて、立ち上がる。
「アンタにゃ用はねえよ、坂本さん。それとも、この人数相手にやる気かよ?」
 嘲り笑う声に、何一つ反応を示さず、どこか緩慢な動作で20人近くいるそれを見やる。
 そうして最後に、いまだ座ったままの親友に目を向ける。
「オイ、聞いてんのかァ!」
 脅しかける怒鳴り声に欠片もの関心すら示さず、ただ坂本の問い掛ける眼差しにだけ、人を喰った笑みを向けて、正道館を支配する男は立ち上がる。
 ノロノロと緩慢に立ち上がる姿は、彼でなければ怯えているように見え。
 彼ならば、獰猛な虎が戯れにあそぶ前のように見える。
 凄みのある気配を崩さず、男を守るかのように前に立つ坂本の肩を、ひく。
 警戒と威嚇を込めた目を崩さない親友の体を、引き寄せて囁き。
 そして囁いて自らが前に立つ。

 
「血がみてェ」


 それが、肉食獣のサガだから。

 
















 坂本が5、6人をコンクリートに沈めて見回せば、立っているのは自分ともう一人だけだった。
「はやかったな」
「お前が言うと嫌味っぽいぞ」
 相手がそのつもりでないことはよくわかっているが、軽く倍は片付けて一服している男に褒められても嬉しくない。
 いや、そもそも坂本が人を殴り倒したあとで嬉しかったことはないのだけど。
「おーい、終わったかあ?」
 ひょっこりと顔を出したのはリンだ。
「終わった終わった。後片付けはテキト−にしとけよ」
「へいへい。ったく、こんなにいんのかよ」
 「オラ、起きろ」と足で地面に這っている体を蹴り起こすリンを横目に、葛西はプカプカとタバコをふかしている。
「リンもたまには手伝えよな。いつもいつも俺にやらせやがって」
「なーんで俺様が。嫌なら葛西にやらしときゃいいだろ」
 20人近くを相手に、葛西一人で。
 むっとして坂本は友人を睨みつける。そんなことできるわけがねえだろうと、独り言のように呟けば、リンは曖昧に笑う。
 そしてわずかに苦味を含んでいった。
「俺には手伝えねえよ」
 その裏の意味を知ることなく、怒ったように見つめてくる友人に、ただ笑うしかなく。
 無関心を装う葛西にわずかに視線を向ければ、底の見えない暗闇が笑った気がした。




 呻き声のあがる屋上を後にして、校舎の裏に回れば、まだ葛西はタバコを吸おうとする。
「いーかげん肺癌で死ぬぞ」
 言って箱を取り上げようとする手をなんなく抑えて、吸い込んだ煙を直にその口に押し込んだ。
「これで副流煙じゃねえだろ?」
「・・・・・・おまえなあ」
 呆れた声に耳を貸さずに、わずかに血を流す頬に指を押し付ける。
「・・・・・どうした?」
「ん?ああ、さっき切ったんだろ。指輪かなんかで」
 ジャラジャラつけてる奴がいたからなと、つけくわえる口をまた塞いで。
 わずかに流れた血を、舐め取る。
「おい・・・・・」
 坂本は、わずかに眉をひそめる。
 傷口を這う舌は、くすぐるような優しいものではなく。
 まるで、傷口を広げようとするかのように無理やりに入り込む。


「血がみてェ」


 二度目の囁きに、彼は諦めて力を抜く。
 ただし、目だけは離さずに。

 
 


















 坂本は、葛西の餌。












 






 本来彼は、争いを好まない。
 売られた喧嘩は買うが、相手を叩きのめして得る勝利に、力に、意味を感じないのだ。
 勝ちが、嬉しくないのは性分。それさえなければ、あるいは、親友がいる地位は彼のものになっていたかもしれないけれど、そんなもの欲しくないのだから仕方ない。
 ただ、足手まといにならず助けになれる力があれば、それで満足。

 本当は、殴られるより殴るほうがつらい彼は、喧嘩にはむいていない。

 けれど。

 葛西は、彼以外の介入を許さない。

 悪循環だ。
 正道館の誰もがトップの身を案じ、だがその喧嘩に割って入ることは、たとえ相手が何人いようと本人が許さない。
 許すのは、人を傷つけること傷つくような彼だけ。
 だから仕方なく、彼を巻き込む。
 そして彼の心は傷を負う、だがトップを守るためには他に手がない。






 葛西は。

 自分のために血を流す親友を見ると。





 ひどく、心が安らいだ。 






 肉食の獣は、飢えていなければ殺しをしない。
 だから葛西は、飢えないように敵を探す。以前よりも密かに、そっと周囲を見回して、獲物を狩る。
 飢えが満たされれば、殺さない。
 殺さないですむ。








 ずっと嬲っていられる。








 決して支配地から外には出さず、見せ掛けの自由で鎖を繋ぎ、死なない程度に傷つけつづける。
 そうしてようやく、心は、安らぎを得るのだ。








「どうして、お前は・・・・・・」
 呟かれた言葉に、逸らし続けていた目を合わせれば、そこにあるのは読み取れない黒耀だけで。
 なんとなく気に入らず、不機嫌に黙り込めば、微かなため息が聞えてカッとなった。
 思わず、その首に手を置く。
 脅しかけるかのように、力をこめて。
「坂本」
 低く呼べば、開かれた目の中に、かすかな哀れみを見つけた気がした。
 それがいっそう、苛立ちを生む。
 彼が、自分を哀れむなんて、あってはいけない。
 嫌うならいい、だが哀れんではいけない。
 憎むならいい、だが蔑んではならない。

 後ろに立ちつづけるならずっと守ってやろう、だが隣に来ようとするならいっそ引き裂いてやる。

 いつの間にか強い力を込めていた手に、坂本の顔が苦痛に歪む。
「・・・・・・・・悪ィ」
 慌てて手を離せば、指の跡が赤くくっきりと残っていた。
 それほど力を込めていたつもりはなかったのにと、一瞬ぞっとした。


 荒い息が収まって、疲れて目を閉じる姿に。


 目を開かない、その姿に。


 どうしてこれほど心が冷えるのか。


「おい、坂本」
 息苦しくなって、その頬をピタピタと叩く。
「目ェ開けろよ」
「・・・・・・・寝かせろよ」

 ついさっき、永遠に眠りそうになったように?

「・・・・寝すぎだ、テメェは」
 出た声は、何故かひどくかすれていた。
「もう寝てます。オヤスミ」
「目ェ開けろっつってんだよ!まぶたこじ開けっぞ、コラ!!」
 苛立ちと、わずかな怯えを含んで吐き出された声に、目を閉じたまま坂本は答えた。
「俺はもう寝てるからな、これは寝言だ」
「ああ?」
「寝言くらい許せよ、この馬鹿阿呆マヌケ」
「んだとコラァ!」
 胸倉を掴んで怒鳴られても、その目を閉じたまま、坂本は続けた。
「苦しむなよ」
「・・・・・・・・・・なに、いって」
「俺は苦しくねえから、それでお前が満たされるっつんなら、いつまでだってここにいるから。だから苦しむなよ。それでも」
 半ば呆然と、身動ぎ一つできずにいる葛西に、坂本は少し言葉を切ってから言った。
「それでも葛西が信じられなくて、苦しいんなら、もう止めちまえこんな事。お前が苦しいなら意味がねえ。止めて、幸せだと思えるほうに行かなきゃ駄目だ」
 目を瞑ったまま、それでも彼は笑った。
「それからタバコの吸い過ぎもやめろよ。肺がんになるからな」
 そう笑んで、彼は、彼の親友を抱きしめる。



 寄せられた体温は、ぞっとするほど優しく、男は怯えて身を硬くした。



 だが、かつてと違い、それは。
 離れては、いかなかった。






「本当に、こんなコンクリの上で寝る馬鹿がいるかよ・・・・・」
 不審に思い顔を上げれば、壁にもたれかかり葛西を抱き寄せるという不自然な格好のまま、坂本はスヤスヤと寝息を立てていた。
 硬いコンクリートの上では、寝心地は最悪だろうに。

「苦しむな、だと?」
 ふざけるなと、かすれた声で呟いて。
 こわごわ、震える指で、頬の傷に触れる。

(苦しくねえ、だと?)

「嘘つけよ・・・・・・・」
 けれど囁きはやけに優しく。
 ついさっき自分で広げた傷が、消えるはずもないのに、指は何故か、そこに触れたまま動かなかった。












(いいけどな)
 坂本が、苦しくないと嘘でも言い張るなら。
(長く遊べる)
 そして、もっとひどい傷を与えても。
(苦しくねえんだろ?)
 もうやめてくれと、彼が縋り付いて泣き叫ぶその日まで。
(それでも、自由になんかしてやらねえけど)




「寝言だといやァ、俺が見逃してやると思ったか?」
 甘いんだよと、冷たく嘲う。



 そうして、起こさないようにゆっくりと、けれど強くその体をかき抱いた。























 時間的には前田戦後、川島戦前くらいです。話の意味が良くわかんないし、いつになく読みにくい文章でごめんなさい。主語抜けすぎだ(泣)敵に囲まれてる二人を書きたかっただけなのになー。いつものことですが、タイトルに意味は(あんまり)ありません。
 続くかは未定です。というか、葛西が鬼畜過ぎて読んでくだる皆様も嫌になったんじゃないかなあ?(汗)
 私はここまで鬼畜だとは思ってません!(笑)それに一応、書けなかったけれど奴にも言い分があるんです、あはは(汗) 
 葛西の言い分をわかってるのであんまり坂本は抵抗しないんです。決して葛西のいいようになってるだけの男じゃないんです彼は!!
 ここで言い訳しないようにしてたのに・・・・・・なんでこうなったんだろう・・・・・
 あ、あと、肉食獣のくだりは適当です。葛西は何故か虎のイメージでした。うーん、龍とかのほうが強そうなんだけど、龍は前田かなあ?
 そしてこの話は(勝手に)宮地さんに捧げます。あの超絶ツボな絵を見て書き始めたので。
 それが何故こんなになってしまったかは永遠の謎です。