鉄格子の向こうで、そんなものはどこにもないと君が笑う
とあるマンションの一室に、四人の男が集まっていた。
マリオ・ローシャ、パウル・ベル、ルイジーニョ・エメルソン、クラウディオ・ジョヴンニ、ブラジル人ならサッカーファンでなくとも名を知っている、ブラジルサッカー界を代表する面々である。
そんな彼らが集まったのは、管理がしっかりしていることがウリのとあるマンションの、とある男の私室だった。
「で、呼び出した本人はどこいったんだよ」
「酒を買ってくるといってたが」
「一体何のようなんだ。オレは忙しいんだ、ジョージがどうしてもというから来たのに」
ブツブツと文句をいうクラウディオに、パウルが宥めるように声をかけた。
「まあ、座れよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだそれは」
神経質、というよりは好みにうるさいクラウディオが半ば呆然と問えば、さきに入っていたマリオがあっさりと答えた。
「コタツという、日本の暖房器具だそうだ」
「暖めてどうする!?クーラーの意味がないじゃないか!」
一番暑い時期は去ったがそれでも長袖は着れないこの季節、ブラジルの太陽と呼ばれる男の部屋はガンガンにきかされたクーラーとコタツ。
「クーラーがきき過ぎているからちょうどいいくらいだぞ」
「つーかこれを使いたくてこんな温度設定にしてるだろ、絶対」
長い付き合いでよく知っているルイがいやそうにいえば、マリオも諦めたように首を振った。
「ジョージだからな。この部屋に入るたびに靴を脱がされているんだ、クラウディオも慣れろ」
四人の顔に嫌な哀愁が漂ったとき、ようやく肝心な部屋の主が帰ってきた。
「それで、話って?」
結局五人もコタツには入れないので、図体のでかい面々はさっさと抜け出し、運悪くつかまったパウルと光岡だけが足を暖めていた。
ちなみにこの部屋は光岡の完璧な私室である。両親の離婚とともに家をなくした青年は、普段は寮に住んでいるのだが時々もう一つの家で過ごす。
息抜きを目的として変われた部屋は、和洋折衷というより貴方の知らない世界と化していた。
「いや・・・・・まあ、酒でも飲んでからゆっくり」
「しなくていいから話」
指揮者と異名を取るクラウディオが、曖昧に言葉を濁す光岡を厳しくひきとめた。
この男に手加減していたら司令塔はつとまらない。
「その・・・・・なんだ・・・・・・驚くと思うけど・・・・・俺も驚いたし・・・・・でも、その、気づいたら仕方ないというか・・・・・・・・・」
「だからなんなんだ。はっきりいえよ」
気の短いルイが苛立っていうと、ようやく顔を上げた褐色の肌に黒い目を持つ青年は、意を決して告げた。
「好きな人が出来たんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ」
この忙しい時期に大事な話だからと呼び出されてスケジュールを無理やり調節して駆けつけて、まさか大事な話ってそれですか、と四人の心が一つになった。
崩れ落ちそうになる体をなんとか持ちこたえて続きをうながしたのは、ブラジルユースの守護神といわれたマリオである。さすが主将、エースのボケにいちいちこけていてはつとまらない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それで?」
「相手が・・・・・・・その・・・・・・・・・みんなもよく知ってる相手で・・・・・・・・・・・・・・・神谷なんだ」
四人の虚ろな視線に気づくそぶりもなく、小さな声で光岡がその名前を口にすると、さすがの四人も驚いた。
「おまえ・・・・・・・」
「まさか・・・・・・・・・」
「ジョージ・・・・・・」
「嘘だろ・・・・・・」
驚愕の表情で見つめられて、さしもの青年も動揺した。
「わかってる、俺だってわかってるんだ、けど」
「「「「気づいてなかったのか!!?」」」」
「はっ・・・・・・・?」
四重奏で帰ってきた驚きの声は、想像を越えていた。
「マジかよ?!今自覚!?今ごろ自覚!!?」
「ジョージ、鈍すぎるぞ」
「無自覚であれだったのか?」
「え、コワ!自覚したらどうなるんだよ!?」
ルイが叫べばマリオも重々しく頷き、パウルが嫌な疑問を口にするとクラウディオも青褪めた。その散々ないわれように、目をぱちくりさせていた光岡も慌てて叫ぶ。
「どういう意味だよ!?気づいてたのか!?」
泡をくう青年をよそに、四人はあっさり頷いた。
「そりゃもう」
「当たり前だろう」
「えーと大体」
「アツシが来て一ヵ月後には、よくわかってたよ」
先ほどとはまた違う、哀れみを含んだ八つの目がブラジルの太陽を見つめた。
それはもう、よくわかっていたのだ。
光岡が、あの目つきは悪いがよく笑う日本人にベタ惚れな事くらい。
褐色の男は、神谷の前ではよく笑った。もともと静かな笑みを絶やさない男ではあったけれど、それは明らかに作り物で、無表情と変わらない代物だった。
男にとっては自分自身の表情でさえ武器の一つでしかなく、それに友人達が心を痛めていることを知っていてもなお、それは変わらなかった。
羨望と嫉妬を常に受ける場所に長く身を置いて、彼は心を許すということを忘れてしまっていた、なのに。
神谷の前でだけ、光岡はよく笑う。それは本当に楽しそうに、あるいは幸せそうに。
その笑顔を初めて見たとき、男をよく知る面々がどれほど驚いたか教えてやりたいくらいだ。
「まさか本人が気づいてなかったとはな・・・・」
「本人だけな」
俺たち四人とも気づいてましたよーと、哀れみの目で見られて光岡はちょっぴりショックだった。
「しかしそうか、気づいていなかったのか・・・・」
「うーんトリビア」
『ジョージは、アツシを、好きであることに気づいていなかった』
「へえへえへえへえへえ」
「へえええええええ」
トントントントンと四人がが、へえへえいいながらテーブルを叩く。
「95へえ」
「九千五百円ゲットだな」
「誰がもらえるんだ?ジョージか?」
「ていうかあれ、一人十へえまでじゃなかった?」
ルイの決定に、マリオとパウルが賞金の相談をし、クラウディオが疑問を投げかけると、口をパクパクさせていた光岡がようやく叫んだ。
「なんだそりゃー!!!なんで知ってるんだトリビア!!?」
しかし太陽の叫びはあっさりと流された。
「つか、個人情報はトリビアにならないんじゃねえ?」
「有名人だから大丈夫じゃないか?」
「よかったね、ジョージ」
「なーにーがー!!?だいたいあれは日本の番組だぞ!?なんで知ってるんだよ!?」
ちゃぶ台返しを今にもやりそうな勢いで叫ぶと、パウルが穏やかに笑った。
「衛星放送でやってたんだ」
「嘘つけーーー!!!!」
絶叫並に激しいツッコミに、ようやく四人も本題を思い出した。
トリ●アの泉ごっこをやっている場合ではない、今はこの、もしかしたら初恋かもしれないくらい恐ろしく恋愛下手な男の恋愛話を聞かなくてはいけないのだ。
いつもなら楽しく聞ける他人の恋愛話も、光岡に限ってはいろいろと覚悟がいる。
その無自覚っぷりで、下手なことをされてうまくいくものも駄目になったら目も当てられない。
性格が多少アレだろうと彼は立派なブラジル代表のエースである、好調でいてもらわなくては困るのだ。
その心のほとんどを表情に出すことのない男は、それゆえに常に朗らかに見えるけれど、本当はとても暗い淵に立って空さえ見ない。
誰にも縋らない。
その彼が、欲しいというのだから。
「まあ、気づかれていたなら、頼みやすいからいいけど」
悲しいようなほっとしたようなな気持ちで呟くと、ルイが真っ先に反応した。
「頼み?」
「ああ。その・・・・・・好きだとは・・・・・・思うけど、問題が、あるだろう?」
「ジョージ・・・・・」
確かに男同士で、二人とも有名なサッカー選手だ。付き合えたとしても、リスクは高い。
もしかして、アツシにはいわないつもりなんだろうか、彼のためを思って。
そうか、それならもちろん。
「安心しろよ。俺たちも誰にもいわない。当たり前だろ?お前の決心を無駄にはしな」
いと、ルイがいい終える前に、ブラジルの太陽は拳をちゃぶ台に叩きつけて叫んだ。
「どうしたら神谷とラブラブになれるかな!!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーと、ジョージ?」
心がお星さまに旅立ちそうになって傾いだルイの体をマリオがさりげなく支えた。
「片思いなんか嫌だ!俺はなんとしても両思いになってみせる!!」
どうしようこの人、W杯の決勝戦より目がマジだよと、四人は目と目だけで生温く会話した。
そんな四人の哀愁漂う姿に気づくそぶりもなく、光岡は熱く両思いへの道を語っていた。
「やっぱりいきなり告白はまずいだろう?ああでも、告白されてから気になりだすっていうのも聞くよな。なに寝てるんだルイ!真面目に考えてくれよ、経験豊富だろ?」
「眠らせてくれ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・諦めろ、これでもエースなんだ」
さめざめと泣くルイジーニョに、マリオが胃の辺を抑えながら慰めた。
傍らではパウルがもはや悟りを開いたかのように仏像様のような表情を崩さない。ある意味光岡とはれるほどマイペースなクラウディオだけが、司令塔らしく話をまとめた。
「つまり、ジョージの恋路に協力して欲しいわけ?」
「うん」
力いっぱい嫌そうにいわれた質問に、光岡は無邪気な笑みで首を縦に振った。
この、まるで汚いことはなにも知らない子供のような笑顔のときこそ、男が絶対に譲らないときだということをよく知っている彼らは、それぞれ小さくため息をつくだけで抵抗を諦めた。
しかし協力するといっても、ルイを除けば普段は別のチームで顔を合わせることすら稀だ。なにをどう手伝えというのか、三人は内心首を傾げたが、まあジョージのことだなにも考えていないというのも大いにありえると結論付けると、話が一応一段落した場はただの酒盛りへと移行した。
それぞれ自己管理に気を配りながら、しかしもともと酒豪である彼らはハイペースで酒瓶を空にしていった。
そうしてとりとめのない話をしていたとき、不意にクラウディオが尋ねた。
「そういえば、なんで気づいたんだ?」
「うん?」
コップに注ぐのも面倒になったらしい太陽が、ラッパ飲みしていたビンから口を離してきき返せばマエストロは不思議そうにきいた。
「今まで気づかなかったことも不思議だけど、それだけ鈍いお前がどうして気づいたんだ?」
「酷いいわれようだな・・・・・」
顔をしかめて、光岡はまた酒瓶に口を付けた。
「おい、ジョージ」
「寂しがりだといわれたんだ」
呟きにも似た口調で、小さな声で長く孤独だった彼はいった。
「いわれるまで気づかなかった。全く、そんなことは、考えたこともなかったよ。クラウディオ、おまえは知ってたか?」
「・・・・・・・・・いや」
指揮者と異名を取る青年も、彼のプレイに惹かれた人間の一人だった。いや、この国でサッカーをしていて、このただ静かに笑う男のプレイに惹かれない人間などいるだろうか。同じフィールドに立つことを、夢見ない人間が。
そうして、同じ領域に立って初めて知る。彼は、周りなど必要としない人間なのだと。
男は強く、強く、周囲がどれほど彼を必要としようとただ一人で完璧な青年は、誰も寄せつけずに一人揺るぎなく立っていた。
その光岡が、寂しがり?
「・・・・・・・そうなのか?」
「そうらしいんだな、これが。驚いたよ。とても、驚いた」
凍てついた目を伏せて、光岡は静かにいった。
穏やかで、幸せそうでさえある声は、聞いているこちらの体にまで響いた。
「俺でさえ気づかなかったのに、神谷はあっさりいうんだ。俺は寂しがりなんだから、あんまり無理して一人でやろうとするなって、怒られた」
彼はクスクスと笑いながら、そのときのことを思い出しているのか、遠くを見るような顔でいった。
「怒られて嬉しいなんて、初めてだったよ」
本当はずっと、そういって欲しかったのかもしれない。
だが一人で立つことを選んだのは彼自身。
誰を責めようもない、例え凍え死んでしまいそうになっても。寂しいと言う権利などとうの昔に捨てた。
力を手に入れることだけを望み、そして失ったものは永遠に取り戻せはしないとわかっても後戻りは出来ない、する気もない。
得たものの代償に一人になったのだから、寂しいなんて思うことも許せない。かつてあったかもしれない心は、気づけばもう思い出せないほど遠い過去の話。
彼に会うまでは、ずっと。
取り戻してしまった心はきっとずっと血を流すだろう。
わかっていて、嬉しかった。
そう、酷く幸せそうに光岡がいうので、クラウディオはわざと意地悪く言った。
「ノロケにつきあう気はないぞ」
「聞いたのはクラウディオだろ」
肩をすくめて光岡が言い返せば、すでに畳に突っ伏していたルイがうめいた。
「聞くなよ、バカー、ジョージにノロケさせたら一時間は終わらないんだぞー」
「げっ」
「適当なこというなって!そんなことはしない」
しかしその言葉には、今度は部屋のすみで酒瓶を抱えていたマリオから文句が来た。
「嘘をつくな。おまえが日本ユースの自慢を五時間も延々としたのを俺は忘れていないぞ」
「忘れろよ!もう何年も前の話だろ!?」
「忘れられるもんかー、俺たちは最後半泣きで何とかおまえを黙らせたんだぞー」
ああ思えばあのころからすでにこの男は神谷に惚れていたのかもしれないと、畳に突っ伏したままルイはぼんやりと思った。
それを認めるのにこんなに時間がかかるところが、彼らしいといえば彼らしい。マヌケといえばマヌケだが。
「ノロケは、神谷とラブラブになってから十分いわせて貰うから」
それはそれは幸せそうに言われた台詞に、ルイの体が二、三度痙攣し、活動を停止した。
魂が夢の世界を漂い初めてしまったルイを片目で見やって、クラウディオが呆れた声でいった。
「トドメをさしてどーする」
「あれ?おっかしーなあ」
「第一、ラブラブになれるかどうかわからないだろう?」
嫌味たっぷりにいわれた言葉に、男はうーんと首を傾げてから、邪気のない笑みでいった。
「俺がそんなに、魅力のない男だと思うのかな?クラウディオは」
光岡は、なに一つ汚れないかのように笑う時が、一番恐ろしい。
どうせろくなことは考えていないだろうが、それでも、他の人間がいえば驕りでしかない言葉さえ青年にはふさわしく聞こえる、それだけの実力が男にはある。
だから、クラウディオは軽く息を吐くことで降参した。
欲しいと思うのなら好きなだけ手を尽くせばいい。
望みがかなうかどうかは、それこそ最後のPKが終わるまで、誰にもわからないのだから。
そうして、太陽が酔いつぶれた後。
「・・・・・つーかとっくに両想いだと思う人」
三つ手が上がる。
「気づいてなかったとはなあ・・・・」
「アツシも鈍そうだし」
「あっちもこっちも気づいてないって、馬鹿馬鹿しいよね結構」
マエストロがあっさり言い捨てると、涼やかな夜闇に三つの深いため息が漏れた。
・・・・・ごめんなさい(脱兎)はっはっはっは!ジョークジョーク!(逃亡)
お、おかしいな!オンリーで光神ー!!ってなって勢いのままに書いたんですが、なんで神谷がでてこないんだろうネ☆!
あ、ちなみにブラジル四人はオリキャラではなくちゃんと原作にフルネームで出てる人たちですーでも性格はねつぞ・・・・ゴフゴフ(喀血)