草薙京悟の携帯には、番号もメールアドレスも一つだけしか登録されていない。
 と、本人は思っている。
 本当はチームマネやキャプテン、チームメンバーに実家など、軽く二桁は登録されているのだが、周囲が無理やり入れたその番号は本人に認められず、結局草薙がでるのは一つだけの番号だけになっている。

 神谷篤司と、フルネームで登録されたその番号。




携帯と不携帯







「京悟!また電話にでなかったなお前!!」
「……猫みてえ」
「はっ?」
「毛ぇ逆立てて、シャ−って怒る、猫みてえだな」
 それが自分のことを指しているのだと気づくまでに約三秒。
「話を逸らすな!誰が猫だ!!」
「篤司」
 肝心の所には全く答えない草薙の返答は、いつものことながら神谷を怒らせる。
「何で電話にでねえんだ!!持ってる意味がねーだろ!!?」
「飯でも食いに行くか?」
「お、ま、え、は!!!日本語が通じねえのかそれとも俺の話を聞く気が全くないのか、さあどっちだ!!」
「肉と寿司どっちがいい?」
「この宇宙人がー!!!」
 毎度毎度の争いをよく飽きずにと自分でも思うが、草薙の都合にこれ以上振り回されてはたまったもんじゃない。
 今度こそは、と固く決意して、それでも毎回負けるのだけど。
「京悟!」
「なに」
 ああ、まったく。
 喜びも悲しみも写さない無感動な目が、真っ直ぐに見下ろしてくる。
 草薙は、どうでもいいことは良く喋るくせに、必要なことはなにもいわない。いくらでも雄弁になれるくせに、言葉が足りない。
 言葉にしなくとも伝わることがこの世界にはあって、言葉にしなくては伝わらないことがこの世界にはあって、そして言葉に出来ないことが、ここにある。腹立たしいほどに。
 この、50センチも離れていない距離に。ここに。この隙間に、埋められない隙間に言葉に成せない感情がある。




 今度こそはと固く決意してそれでも毎回負けるのは、人の話なんてまるできかないし、表情も少なくて薄笑いばかり得意で、顔の造作だけはやたら良くて憎たらしい男が、神谷の呼び声を無視することは無いからだ。
 理由など、神谷は聞かない。
 神谷の番号だけは自分で入れて、その番号の時だけは電話にでて、醒めた顔を変えずにそれでも毎日日課のように神谷に触れたがるその理由など。
 神谷は聞かない。

 そこまで弱くなってやるものかと、決めているから。

 そうして、面白くもなさそうな顔でそれでも神谷の髪をいじるのをやめない男は、それ以上は触れてこない。なにも言わず、笑みもせず、手を伸ばせば触れる場所にただいる。

「京悟」
「うん?」

 時々、考える。
 一瞬後に死んでもお前は後悔しないのかと尋ねたら、この男はなんと答えるだろう。
 それでもまだ、醒めた目で見下ろしてくるだけだろうか。




 神谷は小さく息を吐いた。
 そうしてやはり、今日も負けてしまう。
 どこまでわかっているのかわかっていないのか。それとも、始めることは終わることだというのだろうか。始まらないことは、終わらないことだと?
(そんなのは、認めてやらねえよ)
 この男も自分も、一瞬後に生きているかわからないのに。
「京悟」
 振り返った男の鼻先に、黒の携帯を突きつけた。
「今度出なかったら絶交してやるからな」
「絶交、ねえ…?」
「いっておくが、俺は本気だ。用があるなら、おまえから電話かけてきやがれ」
「用がなかったら?」
 神谷はゆっくりと笑った。
「飯を食いにいこう」













 用があるなら電話を。用がないなら食事を。
 血反吐を吐いても立ち上がって手を伸ばせ。




 そう、自分に言い聞かせた。
















 昔日記に載せたコネタから加筆修正してアップ。
 いじったらさらに密度が低下した気が…ごふごふ(吐血)