やたら重たい装飾具を、神谷は苛々と取り外した。







 誰もいない廊下を歩く。月明かりに照らされて進む先から長い影ができていた。
 端とはいえ王宮の一部分であるこの場所に、普段ならまるで人がいないということはないのだが、今日は特別だ。
 大広間ではまだ、王子の誕生パーティが盛大に続けられているのだから。
 こっそり抜け出した神谷は、なかなか外れない留め具に苛々と足を止めた。もともと手先の器用でない自分が外せないように造られているんじゃないかと邪推したくなるほど、難解なつくりになっている。
 結局それを取り外すことは諦めて、外套だけ脱ぎ捨てると神谷はそこに座り込んだ。
 月が綺麗だ。
 王子への祝いの気持ちがないわけでは決してないけれど、こんな重苦しい正装をさせられるくらいならさぼりゃよかったかなと小さくため息をついたところで、何かが視界の端で動いた。
 表情はぼんやりと弛緩させたまま、意識だけをそこに向ける。何かが動いた。まさか、こんな時に王家の人間を襲う馬鹿がいるとは想像しにくいが。
(なんだ?)
 何気ない動作で立ち上がると、そっとそちらへ近寄る。目標は動く気配も見せず潜んでいた。
 いや。
「・・・・・・・子供?」
 黒くて小さい生物が、木陰に身を置いて、びっくりした顔で神谷を見上げていた。
「・・・・・ご・・・・・ごめん・・・・・なさい・・・・・」
 怯えきった様子に神谷は慌てて座り込んで、その黒い目を目線を合わせた。
「悪い、驚かせちまったか?大丈夫、なんもしねえよ、大丈夫」
 安心させようと笑いかけると、まだ七つか八つだろう子供は、おずおずと口を開いて、いった。
「・・・・・かみさま・・・・・?」






 小さな子供は、丈時と名のった。






 白と黒で統一された衣服が月明かりに反射して、あんまり綺麗だったから、神様かと思ったのだと黒髪の子供はとつとつと語った。
 怯える子供を宥めるようにその黒髪に指をいれて、神谷は苦笑した。
「こんな柄の悪い神様がいたら困るだろう?」
「そんなことない・・・・・かみさまのところに行けば、みんな笑ってくらせるんだって、母さんがいってた・・・・・」
 密かに神谷は眉をひそめた。
 子供の着ているものは上から下まで上等な生地で、それだけを見るなら裕福な家の子供だと言えるが、それにしては丈時の腕はあまりに細かった。
「でも一度かみさまのところにいったら、もうもどってこれないんだって」
「・・・・そうだな」
「俺ももうもどれないんだ」
 子供が目を閉じてしまったので、神谷はクシャクシャとその頭を撫でた。
「そんなことはない。俺は神様じゃねえから、おまえはちゃんと戻れるよ」
 だが丈時は、その言葉に目を開けて、諦めた顔で笑った。
「俺は売られたから、もうもどれないんだ」
 その笑みが歪んで、泣き出す前に、神谷はそのやせ細った身体を抱きしめた。







 王宮の静かな朝は、突風のごとく飛び込んできた男の怒声に破られた。
「いつから公爵家は人身売買の商売まではじめたんだ!?ああ!?どういうつもりだおまえは!!」
「・・・・・・・・朝からなんですかいきなり」
「丈時だよ!覚えがないとは言わせねえぞ」
 いつもより三割増し柄の悪い神谷に、平松は無言で眼鏡を押し上げると開いているソファを指し示した。
「座ってください、神谷さん」
「話をそらすな!」
「そらしませんよ。とりあえず座ってください。そんな大声を出さなくても聞こえます」
 しぶしぶ神谷が腰をおろせば、平松のほうが立ち上がった。
「それで、なんですかその格好は。そんな何年も着古して裾がほつれている服を着ろと、誰があなたに言ったんです」
「俺が俺にいったんです。これが一番着慣れてんだよ、そんなことより」
「丈時ですか?」
 頷く神谷に、公爵家当主は小さくため息を吐いた。
「昨晩は預かって頂いてありがとうございます」
「おおよ。それで?いつから由緒正しいおまえの家は、あんな小さい子供を親から引き離すようになったんだ?」
「聞いたんですか」
 最高に不機嫌な顔をしている神谷に、平松は内心やれやれと首を振った。
 目の前の青年は、外見とはかけ離れた年齢のはずなのだが、こうしていると自分より年下に見えるくらいだ。
「それも小麦三袋だと?!いい商売してるなあ宰相閣下殿は!」
「小麦三袋で子供を売る親はいいんですか」
 冷静に返せば、黒耀の瞳は剣呑さをました。
 そうだろう、この聡明な人が気づいていないわけがないのだ。それでも子供の手前親を責めたくはなかったのか。
「あの子の母親は昔うちのメイドだったんです、ずいぶん前にやめましたが。それが二週間ほど前に父親があの子を連れてやってきましてね、あの子の父親は自分じゃなくてうちの先代だと言い張ったんですよ」
「母親は」
「失踪してます。あの子の父親はアルコール依存症で、飲んでは暴力をふるっていたということですから、耐えられなくなったんでしょう」
 淡々と告げながら、目の前の人の顔が曇っていくのを見る。少し前髪を切ったほうがいいなと、ぼんやりと思った。
「あの子の生まれた年、それに肌の色から考えても、うちの先代が父親ということはありえないんですが、あんまりしつこいものでいい値で引き取ったんですよ。あんな男のもとに幼い子供を置いておくわけにもいきませんから。納得していただけましたか?」
「・・・・・・・丈時はどうなる」
「里親を探すか、施設に預けるかですね。あまり健康状態がよくなかったのでうちで預かっていましたが、公爵家の養子にするわけにはいきませんから」
 その言葉に、神谷の顔が皮肉気に歪んだ。
 責められるかと思ったが、向けられた目の色は悲しそうで、平松は僅かにうろたえた。
「・・・・そうだろうな」
 そういって神谷は目を閉じてしまう。誰も立ち入り出来ない領域に己を入れてしまった彼には、一千の騎兵ですら歯が立たない。
 そして目を開けた時には、いつもの神谷だった。
「丈時は俺が育てる」
「・・・・はい!?」
「もう決めた。貰ってくぞ」
 とっさに言葉の出ない男を尻目に神谷は立ち上がると、そのまま出て行こうとして立ち止まった。
「ああ、忘れてた。小麦三袋分な」
 そういって神谷があっさりと首からはずした物を見て、冷静沈着が売りの若き宰相は目を剥いた。
「神谷さん!!!!」
 黒木のテーブルの上に無造作に置かれたものを引っ掴んで、平松が慌てて後を追えば、その価値がわかっていないはずもないのに青年は煩わしそうに手を振るだけで。
「お願いですから!」
「やるって。それ結構邪魔だし」
「貰えませんよ!第一俺がつけたら死にます!」
「そんな、呪いのペンダントみたいにいうなよ・・・・」
 似たようなものだといいそうになって、ぐっと堪えた。これは持ち主の手に返さなければならないのだ。
 蒼白い光を放つチョーカー。天の至高石。身に纏えばそれは持ち主を如何なる物からも守るという、ただし身に纏えればの話だが。
 それが出来るのは恐らく、今の世では、この目の前に立つ黒髪の青年一人だ。
 何百年も生きなければならない、ただ独りの人。
「それで、本気ですか」
「丈時か?本気だよ」
「無理です。あなたに子育てなんかできるわけないでしょう。しょっちゅうあちこちふらふら歩き回ってるくせに」
「丈時がでかくなるまではやめる」
 平松はその深い黒をまじまじと見返し、そこに嘘がないことを知ると、あっさりと頷いた。
「いいでしょう。あなたと彼の家を用意させますよ」
「なんだよ、ずいぶん態度が変わったな」
 茶化すように覗き込む目に、国の政務を一手に担う男は笑った。
「あなたがここに留まってくれるなら、子供一人安いものですよ」






「かーみやさんっ!」
「またうるせえのが・・・・・」
 額を押さえる神谷に、突然現れた男は愛嬌たっぷりに笑った。
「聞きましたよー、子供引き取るんですって?」
「平松か?」
「ぶっぶー、田中でーす!」
「あのバカ王子・・・・・」
 まとわりつく手を片っ端から振り払って歩きつづける神谷に、男はシクシクと泣き出した。
「ひどいや神谷さん・・・・こんなにあなたに忠実な僕のマホリンに冷たい・・・・っ!」
「気色悪いこというな!」
「ええー」
 立ち止まりもしない神谷に、泣き真似をやめて馬堀も歩き出した。
「どこ行くんですかー?」
「帰るんだよ」
「あの子供のところに?」
「ああ」
 早く帰ってやらないとと足を急がせる神谷の隣で、馬堀は首をかしげた。
「ほんとに引き取るんですかー?」
「そうだよ。なんだ、何か文句あんのか?」
「文句っていうかー、平松はなんにも言わなかったのかなー?いわなそうだなーアイツ、詰め甘いもんねえ」
 一人呟いたあとで、男は神谷の真正面に回り込んで、その足をとめた。
「おい邪魔だ」
「神谷さん、わかってますー?」
「なにが」
 憮然とした顔に、にっこりと笑いかける。
「あの子供は、あなたより先に死にますよー?」
 そう笑って、その夜色の目を覗き込んで、馬堀は息を呑んだ。
 夕陽の赤ですら染められない神谷の黒は、ひたすらに静かだった。
 ごめんなさいと、とっさにいいかけてしまって男は息を止めた。
 わかっているのだ彼は。そんなことは、自分がいわなくても、とっくにわかっているのだ。それでも覚悟を決めてしまう彼が、ひどく忌々しい。
 引き裂いて、ボロボロにしてやりたくなる。
 その足に跪いて、忠誠を誓いたくなる。
「おまえだって、俺より早く死ぬ」
「俺は!あなたが望んでくれれば・・・・っ!」
 いつだって闇に堕ちて永遠を手に入れてくるのに、それを許してくれないこの人を。
 神谷は静かに男を見つめた。
「馬堀」
 そんな声で呼ばないで欲しい。
 許してくれないこの人を、裏切れない自分がひどく憎いと思った。








「丈時」
「お・・・おかえりなさい・・・・・・」
 おずおずと、それでも嬉しそうに近寄ってくる頭を撫でて、神谷は笑った。
「メシ食い行くか?」
 頷く身体を抱き上げて肩に乗せる。
 その軽さに、神谷は密かに息をついた。
「いっぱい食べてでかくなれよー」
「でかく・・・・・・?」
「そうそう、俺を越すくらいにでっかくなれ」
 目をぱちくりさせて困っている子供に、神谷は小さく笑った。
「そのうちな、大きくなるよおまえも」
 そして自分だけが変わらないのだ。わかっていて、神谷は丈時を抱き上げる。
 せめてこの子が一人でも生きられる年になるまでは。
 そしてこの子が一人で歩けるようになったら、自分は姿を消せばいい。
「あ・・・・あの・・・・・」
「どうした?」
「ず・・・・ずっと・・・・・・・一緒・・・・・・・・・・?」
 肩に乗せた子供が、頭に抱きつくようにして、小さな小さな声でそんなことを言うので。
「ああ。大丈夫、ずっと一緒にいるよ」
 いつか嘘になると知りながら、神谷はそういってしまった。
 落ちる太陽の赤さが、視界に焼きついて、いった。



























 ごめんなさい(滝汗)ここで終わりかヨ!という声が聞こえてきそうだ・・・(逃亡)
 書いている私は楽しかったです!(逝け)めでたくない話でごめんなさい・・・・・(吐血)
 てゆうかこれなに神?総受け?(汗)いや、丈時が成長したら光神になるんですよ!成長したら・・・・(喀血)
 そしてこの子供丈時は、オンリーのときに見せていただいた超素敵イラストの子供丈時を、超勝手に脳内イメージモデルとさせていただいて書いていたので、密かに勝手に某方にささげます。勝手に。こっそりと。
 ではでは皆様よいクリスマスをお過ごしくださいませ〜v