中庭の夜



 選考合宿の夜。
 夜の中庭で、闇はみな平等にすべてを包んでいた。
 ボールを蹴る音だけが、わずかに響いていた。
「正直、会いたくなかったですよ」
「久保嘉晴を思い出させるから?」
 神谷はうっすらと笑って首を振った。
「あなたが久保の場所を奪うから」
 だから会いたくなかった。
 もっと言えば、存在して欲しくなかった。
「奪ってはいない。俺は俺の場所にいるだけなんだけどね」
「天才は一人でいいんです。久保嘉晴は唯一無二の伝説でなけりゃならないんだ」
「それは掛川にとって?それとも神谷にとって?」
「両方です」
 光岡は困った顔をした。
「それは神谷が神谷自身を見損ない過ぎだと思うけどね」
「俺は俺に正しい評価を出してますよ。掛川をまとめるには久保嘉晴が強烈な存在感を持ってそこにいなくちゃならないんです」
「カリスマのように?」
「ええ」
「死んだあとも?」
「死んだあとも」
 掛川サッカーの基盤となる精神力を支えつづけるために。
「だから光岡さんがいると困るんです」
「俺に消されるような伝説ならたいしたことはないだろう。たぶん俺と久保は同じようなプレイヤーだったと思うから言うけど、彼は別に自分が死んだ後のことを考えて伝説を残したわけじゃないと思う」
「そもそも、伝説を作ろうとしてゴール・トゥ・ゴールをしたわけじゃないと思いますよ」
「あ、やっぱり?」
 笑ってうなずく。
「あの時はただ単に一点取りたかったんです。それ以上でも以下でもなく。そういう奴ですよ」
「でもそれを利用した」
「ええ。これからも利用するんです。掛川をまとめるためにはこれしかありませんから」
 淡々と、神谷は言う。
 自嘲でもなく、後悔でもなく、嫉妬でもなく。
 それが正しいと、真理を語る哲学者のように。
「そこが、過小評価だといっているんだ」
「自分を卑下する趣味はありませんよ。俺は自分の力量をわきまえているつもりです」
「本当に、つもりだね」
 わずかに含まれた嘲り。
「掛川をまとめているのは、死んだ久保嘉晴の伝説じゃなくて闘将神谷篤司だ。なんでそれがわからない」
「俺がまとめられるのは、久保がいるからですよ」
「はかりにかけてみるといい。今の掛川にとって重いのは、久保か君か。今、久保嘉晴が消えても掛川は大丈夫だ」
 かたくなに、神谷は首を振る。
「そんなことはない。あなたが今いなくなれば久保は消えない。何もかも元のままうまくいくんだ」
 わずかにこめられた恐怖。
「・・・・・そういう、ことかい?」
「・・・・・・・そうです」
「やけに素直に話してくれると思ったんだ」
 やれやれ、と光岡は大げさに肩をすくめた。
「タダより高いものはないっていうけど、ほんとだな」
「それはちょっと違うと思いますが」
 やがて雲が途切れ月が覗く。
「俺は結構気に入ったんだけどな、ユースのメンバーも日本も」
「でも聞いたからには、いなくなってくださいね」
「俺が久保嘉晴を消す前に?」
「・・・・前から思ってたんですけど、フルネームで呼ぶのって面倒じゃないですか?」
「じゃあ神谷も俺を光岡丈時ってよんでくれ」
「ほんとにそうして欲しいなら、呼びますけど・・・・光岡丈時って、派手なんだか地味なんだかわかんない名前っすね」
「・・・やっぱりいいよ・・・・」
 どちらともなく、顔を見合わせて笑った。



 朧月が薄い影を作り、夜の風が顔を撫でる。
 さっきまでの騒ぎの名残も感じられない。
 切り取られた空間で。




 やがて一人が去る。




 残された男は、風にも聞こえぬわずかな声で呟いた。
「そんなに、久保嘉晴が恋しいか、神谷」
 誰もが彼を、忘れてしまうことに耐えられないほど。

 







 光神です。
 誰がなんと言おうと光神なんです・・・・・(泣)
 おかしいなあ、うふふふふ・・・もっとラブラブな話になるはずだったのに・・・
 しかし設定がめちゃくちゃなのはいつものことですが、これ一応原作どおりの設定がベースなだけにいっそうつくりですね(意味不明)
 ただ光神のバイブルはやっぱり29巻の三対一のあたりなので、選考合宿ネタはたぶんこれからもやります。