電車でGO



行くなよ。
どこにも、行くなよ。
痛みで軋む関節が頭の芯を朦朧とさせる。
いまさら、あの他愛もないくだらない日常がどうしてこんなにも愛しいのか。
いつも見ていた力強い背中が、今はやけに遠くに感じる。
置いて、、いくなよ。



敗北・・・・前田に、吉祥寺の前田に負けた。
敗北は許されない筈だった。勝ち続けなければ意味が無い。存在する意味が無い。
そんな重荷から解放され、見えなかった物が一気に押し寄せ、
葛西は少し戸惑い、息苦しかった。
ようやく戻ってきた。やはりココが自分の居場所なのだと実感する。
池袋駅のコンコースは葛西を迎える青いガクランに埋め尽くされていた。
いつもは狂暴な正道館の面々も、ひたすら走り続け、勝ち続けてきたトップの敗北を
今は静かに受け入れている。
それでも、うじゃうじゃと湧いて出る青いガクランに、サラリーマンや女子高生は
恐々と視線をそらして、関わり合いにならないよう通り過ぎて行く。
何も変わらない・・・・・親友の言葉が脳裏をかすめる。何も変わらないのだ。
「あの、坂本さんは」
一年と思われる二人組がどこか落ち着きの無い不安げな様子でそう聞いて回っていた。
「坂本さん?そう言えば誰か見たか?」
「いや、見てねぇけど」
「リンさんと一緒じゃなかったか」
「いや、知らねぇ」
返ってくる言葉に二人は心配そうに顔を見合わせる。
「坂本が、どうかしたのか」
二人はびくっと肩を震わせた。振り返ると険悪そうに眉を寄せた葛西が立っている。
「い、い、いえ、あの、何でもないです」
「何でもねぇって事ないだろ」
肺を押し潰されそうな迫力に、一人がようやく口を開いた。
「葛西さんには、そのしゃべるなって、坂本さんが」
「坂本がぁ?」
「坂本さん、葛西さんにやられた傷がひどいみたいで、その、まだ検査とか色々あるのに、 俺らが葛西さんが吉祥寺に行ったって話した途端、病院抜け出して自分も行くって」
「俺ら、止めたんっすけど、お前らは来るなって」
「・・・・・・・・・・」
「骨とかは折れてないみたいだったんですけど、やっぱ辛そうで、それで心配になって」
「・・・・・・・・・・」
葛西の沈黙に二人は背筋が凍る思いだった。凶暴に眉間に皺を寄せ、
眦が切れるほど吊り上る険悪な横顔。笑いながらアバラを折る時とはまた違う、 凍てつくような戦慄。だが、ふとその双眸に見た事もないうような暗い影が落ちた。
「お前らは帰ってろ」
葛西はそういって踵を返し、今降りて来た階段を登っていった。
「あ、あの」
「坂本は俺が探す」
またもプラットホームへ向かう自分たちのトップの後姿に声を掛ける者はいない。
誰も、孤独を背負ったその背中に声を掛ける事は出来なかった。
勝利も敗北も、彼の孤独を癒してくれはしなかった。



夕暮れのプラットホームは混み合い、騒然としていた。
坂本は少し離れたベンチに座り、呆然と行き交う人々や、走り去る電車を眺めていた。
身体中の関節が悲鳴を上げて軋む。傷が疼く。葛西の拳がめり込んだ脇腹が、頬が、 こめかみが、腕が、脚が、熱を孕んで疼いていた。
どうして、いまだに吉祥寺にいるのか。
なんとなく、あのままみんなと池袋に帰る気にはなれなかった。
葛西は負けた。だからといって何が変わるわけでもない。変わらない。
そう。変わらないと言ったのは自分。何があっても変わらないとそう誓ったはずだった。
呆然とベンチに座り込んでいる見慣れない青い制服を、ガラの悪い連中が訝しげに睨んでいる。
「おい、見慣れねぇガクランだな」
案の定、威勢良く絡んできた。
坂本はだるそうに顔を上げ、熱っぽい眼差しを向ける。
「腑抜けた面してんじゃねぇか。この制服、正道館だろ」
肩を掴まれ、引っ張り上げられる。
「この辺りを随分荒らしまくってくれてるって噂じゃねぇか。ちょっと顔貸してもらおうか」
「ッ!」
坂本の胸倉を掴み上げた男が突如、背後にぶっ飛んだ。鈍い悲鳴が上がる。
「なんだ、てめぇ!!」
ゲスな連中の勢いはそこまでだった。
「消えろ」
聞き慣れた腹の底に低く響く声音。振り上げられる爪先、骨を砕く拳。
目の前で繰り広げられる乱闘を、坂本は焦点の定まらない視線で眺めていた。
乱闘は一瞬で終わった。多勢に無勢にも関わらず、
新たに現れた男によって一方的に勝敗はついた。
男は伸びている野郎の脇腹を容赦なく蹴り上げる。
「なにやってんだ、こんな所で」
「葛西」
坂本は吐息交じりに名前を口にし、またベンチに腰を下ろした。
「なんで座んだよ」
「さぁね」
「いつまでここにいる。帰るぞ」
「座れば」
「座らねぇよ。ほら、帰るぞ」
「いいから座れよ」
葛西はしぶしぶ坂本の隣に座った。
「なんでこんなトコに居んだよ」
「なんでだろうな」
「おちょくってんのか」
「別に」
坂本は肩を竦め、曖昧に笑う。
「・・・・・・やっと負けたな」
葛西の肩がわずかに震えた。
「それがなんだってんだよ。何も変わらないんだろ」
坂本は口元に微苦笑を浮かべた。
「変わらないさ。俺は。変わるのは、お前だろ」
「何、言ってんだ」
「何言ってんだろうな」
ふいに坂本は目眩を感じて葛西にもたれかかった。
「おいっ」
「痛ぇよ。あちこち痛い」
葛西が息を詰めるのが肩越しに伝わった。
「手加減なしに殴るから、あちこち痛ぇよ」
葛西は無言で坂本の肩を抱き、強引に自分の方へ引き寄せた。
寄り添う目立つ青いガクランの二人を、女子高生達が妙な視線を送りながら去って行く。
「正道館のトップともあろう男が、似合わねぇよ。こういうの」
「構わねぇよ他人なんて。お前以外はどいつもこいつも他人だ。そうだろ」
「どうかな」
「止まったら死んじまうか・・・・・止まっても、死ななかったみてぇだぜ」
「そうだな。でもまた泳ぎ出す。今度は独りじゃないさ」
坂本は喘ぐように息を吐いた。
「今度は俺を置いて、お前は行くんだ」
「行かねぇよ」
葛西は強引に坂本の手を取り、きつく握り締めた。
「やめろよ。みんな見てるぜ。帝拳の連中だっているかもしんねぇだろ」
「関係ねぇ、つっただろ」
苛立った乱暴な口調で言い、葛西は握り締める手に力を込めた。
「熱いな、手。熱がある」
「俺なんかより、お前の方がひどい怪我だ」
「俺のはどうって事ねぇよ」
「ちゃんと病院行けよ」
「金ねぇし」
「貸すよ、トイチでな」
「いい根性してやがる」
「どっちがだよ」
「おら、とっとと帰ろうぜ」
「帰らない」
「いい加減にしろよ」
「しねぇよ」
坂本は静かに身体の力を抜き、葛西に身を預けた。
葛西は無言で坂本の整った横顔を見詰める。
ガキの頃からつるんで遊んでいた親友が、自分の中でその存在の大部分を占めるようになり、 特別な存在へと変わっていったのはいつだっただろう。
この感情がなんなのか、小難しい事は分からない。
いまはまだ分かりたくない。分からなくていい。傍にいる。それだけで、それ以外はどうでもいい。
何本目かの電車が二人の目の前を通過していく。
黄昏時の冷たい風に、坂本はぶるっと身を震わせた。
「次の電車で帰るぞ。いいな」
「よくない」
「マジで怒るぞ」
「怒れば」
葛西はいきなり立ち上がると、有無を言わせず坂本の手を引いた。
「痛ぇよ」
「帰るぞ。ここは俺の居場所じゃねぇ」
「離せよ」
「うるせぇ」
葛西は嫌がる坂本の腕を乱暴に掴み上げ、電車から降りてくる人の群を強引にかき分けた。
調度プラットホームに入ってきた電車に無理やり乗り込む。
開いている座席はない。
葛西は坂本を引き寄せ、扉越しにもたれかかった。
電車は静かに発車する。
「強引な奴だよ、お前は」
「今更だろ」
「人の忠告はちっとも聞かねぇし、いつもいつもてめぇ一人で突っ走る」
「ごちゃごちゃうるせぇよ、怪我人は大人しくしてろ」
坂本は過ぎ去っていく窓の外の景色に視線を移した。
日は落ち、薄闇が夜の気配を漂わせている。
「帰りたくない」
「ガキみてぇに、いつまでもワガママ言ってんじゃねぇよ」
「このまま・・・・・」
「なんだよ」
「なんでも」
電車がガタンと揺れ、足元をふらつかせる坂本を葛西が支えた。
「気分が悪ぃならもたれ掛かってろよ」
「いいよ」
「遠慮すんな」
「してねぇよ。お前の方がひどい怪我だって言ったろ。前田からあんな強烈なの食らって平気な訳がない」
「鍛え方が違うんだよ。いいから、もたれ掛かれって」
葛西は乱暴に坂本の肩を抱いた。
交わす言葉も途切れ、ゆるやかな時が流れる。
止まる事を恐れ、敗北に怯え、暴走し続けた昨日までの日々が嘘のように優しい。
このままで・・・・・
だがそんな願いも虚しく電車は池袋へと到着した。
坂本は黙って葛西の肩に顔を埋める。
「葛西・・・・・」
「なんだ」
「変わらないなんて、うそさ。俺も、お前も」
「そうかもな。でも見ろよ」
外はすっかり夜の闇に包まれている。にも関わらず、池袋駅は青いガクランに埋め尽くされていた。
誰一人帰ってはいない。葛西と坂本の姿を見つけると、地べたに座り込んでタバコを吹かしていた
者達も一斉に電車に駆け寄ってきた。騒ぎ立てる声が電車の中まで聞こえてくる。
危ないから下がりなさいと怒声を上げる警備員の声は完全に掻き消されてしまっている。
坂本は唖然として窓の外の正道館の面々を見渡した。
電車の扉が開くと、柄の悪い声が更にはっきりと響いてくる。
「お前はうだうだと難しく考え過ぎなんだよ。変わらないもんなんてねぇさ。
昨日までの自分じゃいられねぇ。でも、こうやって迎えてくれる連中がいて、隣にはお前がいる。
ごちゃごちゃ悩む必要なんてねぇよ」
そう言って葛西は口端を少しだけ上げて笑った。
久しぶりに見た。
不器用な笑い方。
「ほら、降りるぞ」
葛西は呆然と突っ立っている坂本の背を押した。
青いガクランの群が二人を取り囲む。
「葛西さん!」「坂本さん!」
「やっと戻って来やがった」「心配させんなよ」「どこ行ってたんすか」「おかりなさい」

振り返ると、葛西が笑っている。

変わらないものなどない。

なくていい。

葛西が笑う。

そう、今この瞬間は永遠。

それが全て。






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ちなみに
電車から降りてきた葛西と坂本を目にした正道館の一部の生徒の会話↓

「あっ?えっ?おい、葛西さんと坂本さん、手ぇ繋いでねぇか」
「冗談だろ」
「見てみろって」
「マ、マジかよ」
「坂本さん具合悪そうだし、心配だからじゃねぇの」
「だからってなんで手ぇ繋ぐ必要があんだよ」
「し、知るかよ」
「あの二人ってやっぱり・・・・・・」
「やっぱりって(汗)」
「出来てる・・・・・・」
「・・・・・・・・(泣)」











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いくらでも手を繋ぐがいいさ!!(感涙)
かのん様ありがとうございました〜!!!しっとりしつついちゃついてる二人が大好きです!!
ああ同じ電車に乗りたい!!そして坂本の肩を抱く葛西をじっくりねっとり見守りたい!!(笑)
二人とも傷だらけのくせにラブラブしてるのがたまらないです〜!!
かのん様、ありがとうございましたっ!!!