光 へ の、 追 憶 グレた理由はいたく簡単で地味なものだった。あまりに地味で誰にも語りたくないくらいだ。 父親が自分を殴るようになった。それだけだ。 中学になってすぐのことだった。はじめて殴られた日は何の冗談かと思ってそのまま寝た。だが次の日も次の日も殴られ、その威力は日に日に容赦をなくしていった。自分が一体何をしたっていうのか、まったく身に覚えもなく、殴られるたびに「またか」「なんだってんだ」と口の中で呟いていた。 そしてある日、自分を殴る父親の目を見て俺は悟った。自分は既にこの人にとって愛情を注ぐ対象ではなくなっていたのだ。そう思った途端、その姿は父親じゃなくなった。ただのいやしいどこかのおやじだった。 俺はその晩、はじめて泣いた。親に殴られたということに対してはじめて涙を流した。 部屋にこもって一晩中泣いたら朝には目が真っ赤に腫れていた。それでみっともなくて部屋から出れずその日はじめて学校を休んだ。部屋に篭っている間、父親の罵声がずっと聞こえていた。たまに部屋の戸を殴ったり蹴ったりしていた。たまらなくなって、窓から外に出てワゴンセールで歩道に突き出していたサンダルを失敬してコンビニの前に座り込んで一晩中参考書を読んでいた。(理路整然としていて面白味の全くない数学の参考書を読んでいると気持ちが平静になるような気がした。)翌朝家に帰ると息子のはじめての朝帰りに母親は泣き父親はやはり殴った。それからどれだけか経ってたまらなくなって父親に反撃した。こぶしはきれいに父親の鼻にめり込み、父親は蛙の潰れたときのような悲鳴をあげた。 ああ俺は人間じゃなくなった。 そのとき思ったことはそれだけだ。 きっと俺は人間じゃなくなった。 その晩から夜に出歩いては見境なく喧嘩を繰り返すようになった。人を殴るのに抵抗はなかった。理由もなく喧嘩をしていればいつの間にか放っておいても向こうからしかけてくるようになった。そうしているうちに、いつの間にか負ける回数が減っていった。もともと要領がいいのだ。回数を繰り返すうちに喧嘩の要領を覚えていく。それは学校の勉強を覚えることと変わらなかった。 だが、そんな生活は一年でやめた。 飽きてしまったのだ。 家にも学校にも夜の町にも、自分を取り巻く事件全てに飽きてしまった。 つまらない。 もともと野心がないのがいただけない。自分を分析してみてため息がでた。 つまらない人間だった。 朝、九時ごろだったろうか。 日曜のそんな時間に急に呼び出されて、えらく狼狽して適当な服をなんとか引っ張り出して近所のファミレスに行くと、何度か学校の近くで会ったことのある「五年前に卒業した先輩」がこっちに向かって手を振っていた。黒いジャケットに青いネクタイを崩してつけている姿はお世辞にもカタギには見えず、ここで正道館の制服でも着ていればまた違ったろうが、私服で儀礼程度に頭を下げている俺は傍から見れば一体どんな存在に見えているのだろうと気になった。 座って水を飲む。ごくん、と喉がなったのと同じタイミングで、葛西が、と話がはじまった。 開口一番「葛西が」だ。正直あまり面白くない。 俺は葛西を買ってるんだよこんないい条件他のとこじゃ絶対ないんだぜ俺たちは・・・ 早い話が勧誘だ。ここでは葛西はずいぶんな「ウレモノ」らしく、最近葛西を獲得しようとするホンモノさんが正道館界隈をうろうろしていて、その飛び火は(迷惑な話だが)俺にも容赦なくやってきているのが最近の実情だった。 長く続く話を内心うんざりと聞きながら、そういうことは葛西本人にお願いしたいんですがと遠まわしに俺を呼び出すのはご遠慮してほしい旨を告げると、先輩は「それでな坂本」とやっと俺の名前を呼んだ。 「葛西の信頼がいちばん篤いのがおまえなんだろう?」 「・・・俺の説得で動くようなタマじゃないですよ葛西は」 「いいやそうじゃない。坂本、俺はおまえもひっくるめて欲しいんだよ」 「・・・・・・は? 俺が?」 「考えたことねえか?」 考えるもなにも。 俺がヤクザ? そのまずありえないビジョンに俺の脳はちょっとだけ停止した。慣れない道をひとりで歩けば確実にいじめの対象になるような(自分で言うのもちょっとアレだが)このひょろい俺が極道? ありえねえ。いくらなんでも、考えたこともねえ。 その考えが伝わってしまったのか、先輩は俺を指差してにやっと笑った。 「坂本、今の俺の相棒は青い学ラン時代からのツレだ」 俺たちはあの頃と変わらねえぜ。 先輩はそう言った。 「今もはじめてあった頃と何もかわらねえ。変えたくねえから俺はこの道に来たんだ。俺らってのは将来決めあった女とはわけが違う。卒業すりゃ、もうかえらねえことってのはよ、沢山あるぜ」 楽しいことはそのまま続けたいじゃねえか。 そう言って「五年前に卒業した先輩」は得意げに俺を笑った。 俺には野心がない。 そう自己分析してみても変わることは何もなかった。 家にいても面白くなく、外に出ても虚しかった。喧嘩をしてもその先が見えず、自分自身にどんどん冷えていく。熱くなれない。 リズムにのれていないフットワーク。大ぶりなフォームに一拍遅い蹴り。いとも簡単に懐に入ってしまってボディにえぐるような一撃をくれてやれば、鍛えてもいない腹筋がべこんとへこむのがわかる。つまらない。相手がつまらないんじゃない。今自分がやっていることがつまらない。自分自身がつまらない。 黄色い背表紙の物理の参考書を裸で持って適当なコンビニの駐車場で適当なページを開いて膝に載せた。 その頃俺がコンビニの駐車場に固執していたことにたいした意味はない。 腹が減ればすぐに何かが買えるとか、二十四時間灯りが消えないからとかそんな理由だったんだと思う。ただ単に家に帰りたくないってだけの反抗期みたいなもんで、ほんとは家じゃなけりゃどこでもよかった。読んでいた参考書は全部図書館で借りたもので、高等数学や哲学や経済学なんて意味のわからないものばかりを選んでいた。開いてもただ字面を追っている。意味なんかひとつもわからない。 葛西とはじめて会ったのは、そんな毎日がただ意味なく続く中学最後の冬の日だった。 いつもは読んでも忘れてしまう本の中身をあのときのぶんだけ今でも覚えているのは奇蹟に近い偶然だったが、俺はあの瞬間のことをこれからも多分忘れない。 タイトルは覚えていない。ただ、そこの一説だけを痛切に覚えている。 冷たい空気は鮮烈に怜悧に夜の町を刺激する。アスファルトを蹴る音、布の擦れる音、骨と骨がぶつかり合う音。土を抉る靴のかかと。それだけで血が沸騰したときが確かに俺にもあった。(だがそれももう遠い。)そう思いながら通りかかった夜の公園の明かりの下を何気に見て俺は絶句した。 振り下ろされた拳と、その反動で孤を描くように振り上げられた右の足。黒いジーンズに素足でスニーカーを履いていた。そのスニーカーがガツッと音を立てて相手のこめかみにめり込んだ瞬間、俺は息を飲み、そのまま一歩あとずさった。 すさまじく鋭いハイキックだった。 足が震えた。 ただハイキックに。たまらなく震えた。 「葛西さんって、そんなことする人じゃありません」 ふと、声が流れてきた。 結局昼過ぎまでファミレスに足を止められてメシも食っていなくて、ムカつくからことの元凶(だと勝手に決めている)の葛西に飯でも奢らせようといつも溜まり場にしている喫茶店へ行く途中だった。ちょっと裏に入った近道を通って行くと、たいがい一度はもめている団体と出会うが、殆どの場合俺は干渉しない。いちいち喧嘩を止めててもかったるいだけだし、相手が喧嘩もしたことのない一般生徒じゃない限りは当人同士の問題だ。だが、その聞こえてきた声はどう考えてもこの裏路地には縁のない、全くすれていない女の子の声で、俺の足は思わず停止した。 「葛西さんは、こんなことするはず、ないです」 「んだこのアマ、フカシこいてんじゃねーぞ!」 「きゃ」 あ、まずい。反射的に走り出して声のする方へ身体を乗り出すと、何人か青い学ランの背中が飛び込んできた。 「てめえら何やってる!」 「げ、まずい!」 「散れ!」 ダッ、と学ランが四方に散っていく。 「あ! 私のバック!」 ひとりで取り残された子が悲鳴のような声で叫んだ。 「バックだと?! 盗られたのか!」 つかみかかるような言い方になって俺はそんな自分に少し慌てた。頭に血が上りそうになっている。くそったれ、なんてことしてくれやがった! 線の細い女の子だった。紺色のワンピースに厚手のコートを着ている子で、多分年は俺と同じくらい。その線が細くて華奢な女の子の頬が僅かに腫れていた。最悪だ。 「すまない! あれはウチのモンだ!」 反射的に頭を下げる。女に手を上げてあまつさえ荷物を根こそぎ持っていくなんてはっきり言って冗談じゃすまされない。既に犯罪だ。 「バックは必ず取り返す!」 「え・・・あっ!」 「え?」 急に声のトーンの変わったことに驚いて顔をあげて俺はまた驚いて声をあげた。 見たことある顔だった。 「あ、あんた!」 相手も俺の顔に見覚えがあったんだろう。赤く腫れた頬をおさえながら、白い指がふるふると俺を指差して「あのときの」とおそろしく細い声で呟いた。 そうだ、あのときの。 前に前田が葛西に倒されて救急車呼んだときに付き添っていた、 前田の彼女だ。 そういえば前田の彼女はレベルが高いとか誰かが言っていたような気がする。 実際、こう目の当たりにするまで、あのとき見たはずの顔はすっかり脳裏から消え去っていて、前に話題にあがったときも確かに可愛かったような気がするという程度にしか思い出すことができなかった。確か葛西も顔を見たことあるとか言っていて、可愛かったと証言しているから可愛かったんだろう。(しかし、あいつが真顔で「ああ、可愛かった」と言ったときは、顔と台詞のギャップにその場の全員が固まってそれどころじゃなかったんだが。) 「マスター、氷ちょうだい。あとタオル。清潔なやつ」 ドアをあけると同時にそう言うと、店内にいた何人かが振り返って俺の名前を呼んだ。俺はそれに答えずぐるりと店内を見回し、奥で相変わらずサングラスひっつけて座っている西島にちょっと合図を送る。西島は黙ったままうなずいてガタリと席を立った。 「どうしたの、坂本君。お冷でいい?」 「違うって。氷。氷嚢作って欲しいの。おまえらは散れっ、お客さんなんだよっ! ほら、入って。七瀬さん?」 怯えてるのか(無理もないけど)戸口で固まってしまっている姿を解きほぐすように肩をぽんと叩くと、前田の彼女はおずおずとやっと敷居を跨いだ。その途端(それも無理ないが)「ウオオオ」という意味不明のどよめきが店内にこだました。 「女っ!」 「坂本さんのオンナっすか!」 「うおおおっ!女だー!おいてめえどけ!見えねえっ!」 「かかかかわいいーーーっ! さすが坂本さんだぜぇー!」 「だーーーッ!! 散れっつたろうがぁっ」 まったく恐ろしいやつらだ。一喝すると、えらい不満そうな顔で全員また元いた席についたが、目は好奇心でギラギラしたままこっちを見ている。俺はとにかくマスターの用意したタオルを彼女に渡して洗面所で顔を洗ってくるようにすすめると、マスターが気の毒そうに「うちの洗面使うといいよ」とカウンターの内側に彼女を手招きした。そういえばここの便所は鬼のように汚い。(俺たちのせいなんだが。) まあなんにせよ、そっちの方が都合がいい。そう判断すると、俺は彼女をマスターに任せてまたぐるっと店内を見回した。 「西島っ」 奥の電話に向かってた西島が振り返って首を振りながら「リンはつかまったぜ」と言った。 「出て来れるか聞いてくれ」 西島がまた受話器に耳を当てて何かぼそぼそと話し出す。俺はじれったくなって西島の隣にいってその受話器をかっさらった。 「リン、」 「坂本か? てめえちょっと偉くなった気でいるんじゃねえのか? 俺はてめえの舎弟になったつもりは」 「ごちゃごちゃ言うな。そんなつもり毛頭ねえ」 「・・・くだらねえ用だったら承知しねえぞ」 くだらねえ用だよ、と俺は言った。なんだと、と電話先でリンががなる。隣でも西島の眉がぴくりと動いた。だが俺はリンの長ったらしい文句を切り捨てて言葉を繋げた。 「下らねえ用だよ。クソみたいに下らねえことだがな、俺は怒ってる。なんでかわかるか? リン。わかんねえなら、来なくていい」 そう言って受話器を置いて振り返った。 正道館の面子ならわからない奴がいるとは言わせない。 俺の怒る理由なんかたいがい限られている。 クソみてえに下らねえことだ。 正道館には馬鹿しかいない。馬鹿で屑な人間がやっと来る場所なんだから当然だ。だがそれでも最低限の規律は存在している。どれだけ最低なことをしていても、越えちゃいけない線は必ずあるものだ。 あの野郎は葛西をコケにしやがった。 青い学ランを着て地元で下らないことをする。 それは正道館の名前に泥を塗るってことだ。そして、それは、正道館の看板をしょって立つ葛西をコケにするってことだ。 それだけは許さない。 それだけは、俺は許さない。 葛西が来たのは結局それから一時間後だった。しぶしぶ顔でリンが来た時点で、俺はことの顛末をその場にいた連中に話し、さっさと街に散らせた。最近そこらでバカやってる青い学ランの噂の収拾と、なくなった鞄の捜索。ついでに葛西を見かけた奴は伝言を。そういい置いたのがよかったのか、誰かにことの顛末を聞いた葛西が渋い顔をして店内に入ってきた。 店内にはもう俺と彼女しかいない。葛西は彼女と俺を交互に見て、それから俺に向かって「こっちへ来い」と顎でしゃくりあげた。 「どういう状況だ」 「今、彼女に全体写真見てもらってた。急遽持ち寄った分だけで全校生徒分あるわけじゃねえからアレだけど」 「チッ・・・まったく、不愉快だぜ」 「同感だ。悪いな、俺があんときつかまえてれば」 「んなこたどうでもいいさ。それよりあの女、もう帰らせたほうがいいな」 また顎でしゃくって葛西は前田の彼女の方を見た。どうやらこちらを伺っていた彼女は、突然葛西と視線が合って慌てるように目を伏せて肩を縮こまらせた。さっきから一時間二人でいたが、会話らしい会話は殆どしていないかった。この写真見てカバン持ってった奴がいたら教えてくれ。そう言うと蚊の鳴くような声で「はい」と言ってそれから黙ってじっと写真を見ていた。あの豪快で不遜な前田の彼女にしては拍子抜けするほどおとなしい。 「・・・そうだな。日が暮れちまうか。あの、七瀬さん?」 「は、はいっ」 緊張の抜けない声が返ってくる。俺はできるだけ優しくもう帰ったほうがいいことと、念のため吉祥寺まで送ることを告げた。それをきいて、彼女はさらに縮こまって頭を下げる。 「・・・ごめんなさい。お役に立てなくて」 「いや、こっちこそ引き止めちまって・・・カバンは見つかったら連絡する」 「はい。ありがとうございます」 「じゃ、駅まで行こうか」 「はい・・・あ、あの」 「ん?」 「あの、こんなこと言うの生意気かもしれないんですけど、あのときの人たち、正道館の人じゃないってことないんですか・・・?」 「え?」 彼女がここへきて「はい」とか「ごめんなさい」とかそんな言葉以外のまともな台詞を喋ったのはたぶんこのときがはじめてった。 俺は驚いて彼女の顔を覗き込み、それはあまりに失礼だったな、と改めて身体を引いた。 「私・・・考えたんですけど」 緊張したままの声が切れ切れに紡ぎだされる。一生懸命な子だ。何度も小さく深呼吸しながら、えらくたどたどしく話す言葉に俺は慎重に耳をかたむけた。 「・・・私、考えたんですけど、あの人たち、私をあそこに連れて行って、私をつかまえたのもお金を取るのもみんな葛西さんの命令なんだって言ったんですけど、そんなことってわざわざ言うことなんですか? それもすごくしつこく何度も葛西さんの命令だって言ってたんです。だからもしかして・・・」 「そうか! 葛西に恨み持ってる奴が学ラン着て歩き回ってるって可能性か」 「確かに学ランなんて手に入れようと思やあるもんだしな。充分ありえる話だ」 葛西が考え込むように眉を引き結ぶ。どうせ恨みを買うような日々しか送ってないんだから今更指折り数えて記憶を辿ったってどうしようもないだろうが、一応過去の悪行をリストアップでもしているんだろう。 「あの、でもそういう印象っていうだけで・・・」 「いや、助かったよ。ありがとう。・・・ん、でも・・・、あれ? そういえば君、あのとき」 そういえば。 俺はふと脳裏をよぎった過去のビジョンに「おや?」と首をかしげた。そういえば彼女は葛西に会ったことがあるんだろうか。思えばあのとき俺が足を止めたのは、あの場に似つかわしくない声を聞いたからだけじゃなかった。そうだ。その声がこう言ったからだった。 ―――葛西さんって、そんなことする人じゃありません。 そうだ。彼女はあのとき確かにそう言った。 あれは強い意志のこもった断言だった。今のようにやはり怯えるように語尾が震えた声だったが、それでもその声は確信を含んだ色をしていた。 「七瀬さん、君あのときなんで葛西のこと」 あんたの男をやった男なのに。暗にそう言うと、彼女はその意味を汲み取ったのか少しはにかんだように笑った。 「前田君が」 照れ隠しのように頬にかかった髪をさらりとかきあげて、口元に笑いを残したまま彼女は言葉を続けた。 「前田君が言ってました。だから私は信じるんです。葛西さんはそんなことするはず、ないです」 その彼女の言葉に、俺と葛西が気絶するほど驚いたのは言うまでもない。 葛西さんは変わったよな、といろんな人間が言った。入学する前から葛西を知っている奴は、当時正道館をしめてたやつに葛西が負けたとき、残らずその相手のところに走っていった。ひとりきりになった葛西はその場で表情をなくし、それから滅多なことじゃ笑わなくなった。そのあと、再度挑み見事に勝利した葛西の元に前の連中は何もなかったように戻ってきた。けれど葛西の顔からは表情は消えたままだった。 あのときあいつらは口を揃えて言った。 葛西さんは変わったよな。前はもっととっつきやすかったのに。ばかいえ、あれはハクがついたって言うんだ。あの人はでっかくなったんだよ。 けれどその後、葛西の周囲へ強さを誇示する気迫はどんどん強くなり、それはただ理不尽に範囲を広げていった。葛西はどんどん強くなる。喧嘩の場数もどんどん増え、その動きは場数が増えるたびにシャープになっていった。鉛のように重いのだというハイキックは鋭く尖り、鋭角に相手のこめかみをとらえる。その速さと高さは既に常人の域を越えていた。 葛西さんは変わったよな。 前田に負けた後、また周囲は葛西に対してそう言った。 なんか丸くなったよな。あの頃もかっこよかったけど、最近はちょっと笑うんだぜ。優しいとこもあんだ。俺なんかこないだ助けてもらったよ。 あれから葛西の喧嘩の回数は目に見えて減った。えらく落ち着いて仲間とバカをやる余裕も見せるようになった。 おまえはいっつも変わらねえなァ、と西島が俺に言った。 ずっと三年間、おんなじように葛西の横にいる。おまえだけが変わらなかった。葛西がどんだけ変わろうと、おまえはずっと変わらなかった。すげえよ。おまえすげえよ。 そんなことはねえよと俺は笑った。それを西島がどうとったのかはわからない。西島もちょっとだけ口元ゆるめて笑った。 「葛西」 彼女が電車を降りて改札の方に抜けていくのを見ながら、俺は隣に座る葛西に軽い一瞥をくれてやる。ポケットに手を突っ込んで足をかっぴらいてだらしなく座る葛西は俺の一瞥に同じような一瞥で返し、「なんだ」と短く答えた。 「今回のケジメ、俺に譲れ」 電車が動きはじめた。ガタンと視界が揺れる。葛西と電車に乗ったことは何回かあったが、思えばいつも制服だったし、もっと人数引き連れていることばかりだった。だから、ひどく稀有な経験だが俺たちの周りにはバカのように人が押し合っている。前田の彼女が座っていた俺の隣の席も中年のサラリーマンにとってかわられていてえらく窮屈だった。 「似合わねえぜ」 ふっと葛西が笑い半分に呟く。 「そういう役はおまえ用じゃねえよ。それに、コケにされたのは俺だぜ?」 「だからだよ」 真隣に肩をぶつけ合って座る俺たちの声は電車の音に掻き消えて隣であってもかすかにしか聞こえない。俺は足を組み、両手を膝の上で組んでどうでもいい方向を見ながら呟いた。 「だから俺がやるんだ。わかれよ、葛西」 明日の話なんかどうでもいいんだ。 昨日の話なんか、同じくらいにどうでもいい。 知ってるか? 俺が夜のコンビニへ行くことも内容のわからない参考書を読むことももうなくなっている。 俺はその時代を越え、今にやってきた。だから俺は変わることを否定しない。 ただ一生涯、ただ忘れないだけだ。 あのとき、偶然見たあの瞬間。 あの、タイトルも覚えちゃいない本のまったく行途中のフレーズ。 『十六歳のとき、私ははじめて「光に乗る」というイメージを思い浮かべました。』 誰も知らない話だ。 俺はあのとき、たったひとつの光をみつけた。 誰も知らない、誰にも秘密の話だ。 - E N D ( 01/11/27 ) - ・・・・・・・・!!!(声にならない悲鳴)(身悶え中) ケイシさんから頂きました・・・!!!もうもうもう!!!駄目です、私にいえることなど何もありません。 とにかく読め。 としかいえません。読めばわかる。この何もいえなくなる気持ちがわかるはず!(涙) 私の心臓は確実に不整脈でした。息とまりそうでした。あああーー!!!大好きです!! 格好良すぎて腰が砕けました・・・・マジで泣きそうになってしまったこの気持ちをどう表現したものか。ケイシさんは私の心臓を止める気なんだと思いました。 ああもう、本当にありがとうございました!!! 追伸。騙されほだされ書いたならあと五、六回は騙されてください。ケイシさんが第二弾を書いてくれるなら私は脳内住人のドロシーの処女を捧げてもいいです。(超いらない) |