炉と鉤と囲炉裏



 神谷は金持ちが嫌いだ。
 それはもう、大嫌いだ。愛と憎しみは紙一重だとか似ているとか言われるので、憎んでいるわけではないと思う。どちらかといえば、蛇が嫌いとか毛虫が嫌いとか、そういう生理的な感覚と似ている。
 でもって、普段蛇や毛虫に遭遇しなければそんなことを思い出さないように、神谷だって遭遇しなければ思い出さないが、遭遇すればその分嫌いメーターの針はぶちぎれる。

 しかし今現在、メーターの針はぶちぎれすぎて嫌いを通り越して無感覚になってしまっている(ような気がする)


「おはようございます、神谷様。本日のご朝食はいかがいたしましょう?」
 朝の目覚め一番にこんなセリフを真顔ではかれて、鳥肌が立たないほうがおかしい。
「・・・・おはようございます、木ノ内さん。・・・できてるもんで何でもいいです。昨日も言いましたけど、敬語は止めてください」
 しかし一つ年下の執事見習いは(執事なんてものが現実に存在すること事態おかしいと思う)、昨日と変わらない穏やかそうな笑顔で神谷の望みをやんわりと拒否すると、足音も立てずに下がっていった。
 まあ、絨毯が敷き詰められた屋敷で足音がそんなにたつはずもない。しかしすでにそこから腹立たしくなり、神谷はわざと荒々しく床をけって立ち上がった。


 最初は繰り返し迷子になっていた屋敷も、一週間もしてようやく迷わなくなってきていた。要するに知らない道を歩かなければいいのだ。
 しかし当初は、あまりに簡素というか無個性というか、だだっ広いわりに物のない屋敷で、目印になるようなものが何もなかった。もしかして、大金持ちに見えて実は貧乏で、金目のものは全部質に入れたのかとこの屋敷の主であり契約相手に尋ねれば、バカうけされたあげく一時間後にはよくわからない調度品が運び込まれていた。ついでに神谷が迷わなくてすむようにオートナビを設置してやろうかといわれたが、それは謹んで辞退した。
 これだから金持ちは嫌いだ。
 そもそも神谷がこのばかばかしいほど広い屋敷にくるはめになったのも、屋敷の主に脅されたからだ。
 幼いころに父親が膨大な借金を残したあげく首をつって、神谷は売り飛ばされた。脂ぎった親父の相手をしたり、そういう手のAVに出たり、我ながら売れっ子だったのだろう。それでも成人する前に足を洗った。そのときに流した血の量は半端ではなかったけれど、ともかく足を洗ってここ五年、真っ当なサラリーマン人生を歩んでいたのだ。
 この家の主がばかばかしい気まぐれを起こさなければ。



 なんとか迷わず階段を降りて朝食の用意された居間につけば、そこに用意された膨大な食料を見て眩暈がした。
「誰が朝からこんなに食べるんですか・・・・・」
 呻き声に似た呟きに、茶色がかった頭が振り向く。
「おはよー、神谷」
「草薙さん!なんなんですかこの量は!!あ、もしかして、誰かお客さんですか?」
 それならこないほうがよかったかと、一瞬覚えた後悔を、草薙の間延びした声が打ち消す。
「いんや?俺とお前だけだけど?」
「それでなんでこんなに用意されてるんですか!?」
「お前ができてるものでいいっていうから」
 あっさりと告げられた答えに、思考がしばしとまる。
 それはつまり、つまり・・・・。
 不思議では、あったのだ、ここ一週間、困らせようと朝からこれが食べたいアレが食べたい等の無茶な注文を出しても、30分後にはきちんと用意されていて。まるで手品のようだと感心してしまったりもしたのだが、タネがわかればつまり、こういうことだったわけか?
「まさか、昨日も一昨日もその前も、こんなに用意してあったんですか・・・?」
「そだけど?」
 それがどうかしたか、と逆に問われて、いっぺんに疲れが押し寄せる。
 これだから、これだから金持ちってやつは!
 みればほどよく和・洋・中のレパートリーが並べられている。神谷がわがままを言ったところで、しょせん知識があるのはこの程度なのだ。確かに一ヶ月『不自由のない生活』とやらを保障されてはいたが、それを見越して毎朝大量の朝食が用意されていたのだとわかると、呆れを通り越して疲れを覚えた。
「俺が選ばなかったやつは、捨てたんですか?」
「さあ?しらねーけど、知りたいなら呼ぼうか?」
「いいですよ・・・・」
 願わくば直にゴミ箱行きだけはやめて欲しかったが、あの実直そうな料理長が、主のために用意した食事に手をつけることはまずなさそうだ。
 朝から疲れてしまって、神谷はドスンと椅子に腰をおろした。
 そもそもこの居間も激しく間違っている。どうして畳の上に椅子とテーブルがあって、テーブルの上にだるまが置いてあるのだ。畳の無駄遣いだ。この男は半分日本人のくせに、日本の認識が激しく間違っている。
 それでも口にした料理は、しつこくなくそれでいてほんのりと塩気のある、思わず相好の崩れる美味さだった。
 一口食べてほやんとなる顔を、慌てて引き締めていった。
「明日からは毎日和食でいいですから、食料を無駄にしないでください」
「えー」
「えーじゃありません!食べたくたって食べられない人間もいるんです!こんなに浪費して、アンタもそうなりたいんですか!!」
 この意味不明な居間だって、神谷のために作られたものらしい。これで神谷が可愛い女の子だったら泣いて感激するかもしれないが、はっきりいっていい迷惑だ。こんなもん作るくらいなら日本に返してくれといいたい。
「なんでそんなに欲がないのかねえ」
 行儀悪くテーブルに肘をついたまま草薙は、箸をぶらぶらさせながら呟いた。
「欲なら尽きることなくありますよ、でもこれはそういう次元の問題じゃありません」
「嘘つけ、全然ねえじゃん。なんでも買えっていってるのにさあ、これじゃ契約違反だぜ?」
「なんで節約して文句いわれなきゃならないんですか!」
 思わず陶器のコップを握りつぶしそうになってしまって、慌てて神谷は手を離した。
 本当に、この男は疲れる。
 茶色がかった髪と緑がかった目は、わずかな日本人らしさを打ち消して、どこか退廃的な雰囲気を醸し出していた。本来なら一生かかわりたくない人種に、昔のAVをみられたのが運のつきだった。
 過去をばらさない代わりに一ヶ月この家で暮らすこと、そんなふざけた契約にそれでも乗ったのは、話にきた相手が意外とまともそうに見えたからだ。
『この方は大変気まぐれですが、契約だけはきちんと守られる方です。一ヶ月だけ、バカンスだと思って我慢していただけないでしょうか』
 そう言って頭を下げられれば、脛に傷を持ちまくる身としては頷くしかない。それでもどうせ望みはセックスだろうと覚悟してきてみれば、驚いたことにこの緑かかった目の男は指一本触れてこなかった。
 その上一ヶ月間はなんでも好きにすればいいと、見たこともないプラチナ・カードを渡され、一ヶ月の膨大な報酬も前払いで振り込まれた。
 あまりに現実離れしすぎていて、頬を抓っても何も感じなかったくらいだ。


「なに考えてんですか本当に・・・・」
 草薙の頭を、手持ちぶたさに撫でながら神谷は呟いた。
 これじゃあまるで、巨大な猫を飼っているようだ。
 食事を済ませてしまえばやる事もない。最初の二、三日はわざと無駄遣いをしてみたりいちゃもんつけてみたりしたのだが、その程度ではまるでダメージにならないと悟ってやめた。
 だから本当にやることがない。日当たりのよいサンルームで、当の草薙はソファに横たわっている。食べてすぐ寝ると豚になるのだと教えてやろうかとも思ったが、モデルばりの体型を見ていると憎たらしいのでやめた。少しは豚になればいいのだ。
 大金を払って自分を拘束しているわりに、草薙は何も指示してこなかった。気まぐれな男は、一日中家にいることもあれば、二日三日姿を消すこともある。今日は家にいる日らしいが、それでも神谷になにも望まない。
「ほんっっとに、金の無駄遣いですね」
「・・・なにがー?」
 緑かかった目が眠たそうにこちらを見る。薄茶色の髪といい、本当に猫のようだ。
「なにからなにまで、俺に関すること全てがです。やりたいわけでも飼いたいわけでも観賞用でもないなら、アンタ一体なにが望みなんですか」
「・・・・お前がそこにいてくれればいいけど」
「だーかーらー!そういう曖昧な事を言われても困るんですよ!俺だってこんな暮らししてたらボケちまうっての!!」
 朝から晩までなにもすることもなく、ダラダラ過ごす生活なんてこれ以上耐えられないとめねつければ、猫のような目がクスリと笑った。
「面白いよなー、神谷は。普通そんなこといわねえよ?」
「それはこっちのセリフです」
「そーゆーとこが面白い。あと三週間、好きにすればいいさ。なんでも好きなようにしろよ、俺はお前を見てるのが面白くて、それだけで十分」
「それが困るんだって、何度いったらわかるんですかァ!!」
 あまりにわからずやな言葉に、勢い余って草薙の髪の毛を引っこ抜いてしまった。
 はっと気づけば、手の中に薄茶色の糸。青褪めた神谷に、草薙がいきなり笑い出した。
「くーさーなーぎーさーん!!!」
「・・・や、ほんとに、・・・ぷぷぷっ、みてて飽きなくていいよおまえ」
 光に透ける薄茶色の糸を、捨てるわけにもいかず掴んだままの神谷を見て、また笑う。
「神谷は無駄遣い無駄遣いゆーけどさあ、俺にとっちゃ安い買い物だよ。こんなにウケたのは久しぶり・・・・・ププ・・・・」
「どーぞ、好きなだけ笑ってくださいよ。けっ。それで、俺はほかになにすりゃいいんでしょーかねえ?」
「だから、好きなようにしていいっていってるじゃん。金が足りなかったら、俺でも木ノ内でもいいからいえばすぐに持ってくるから」
「いりませんよ、んなもん!俺は、金と権力には極力近よらねえようにしてるんです!!」
 そう叫べば、草薙はいつもの猫のような目で、面白そうに神谷を見る。
 それはさほど不快ではなかった。
 ただ、困惑した。
 この、なにも語らない目を見るたびに。この、けして触れてこない腕を知るたびに。
 この人が、好きにすればいいというたびに。
 この人は、なにも望みがないんじゃないかと、いや。
 望み方を知らないのではないかと、思ってしまう。
 こんなにも広い家の中で、自分が退屈していることにも気づかずに、望み方も知らずにいるのではないかと。
 思って、しまった。



 だからって、なにをしてやる義理も、ないのだけれど。














 ええと・・・・前に頂いたイロモノ番リクで、昔AV(ゲイ向け)にでて今はまともなサラリーマンの神谷と、偶然そのビデオを見て神谷ラブになったアラブの大金持ち京悟と、神谷に片思いのサラリーマンの恩田(だっけ?)というリクでした(たぶん)・・・・・。ご、ごめんなさい!(吐血)
 なにかいろいろ間違ったよ!ごめんなさい〜〜〜!!!
 また続くし・・・・げふげふ(逃走)こんなもんですが、大月はじめ様に捧げます。ご、ごめんなさいーーー!!


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