衝撃ノート 上


 人が良いだけが取り柄だった父親は事業に失敗するとあっさりと呑んだくれ、物心ついたころから貧乏だった。頼れるものは自分だけ。弟妹達は信用しているが信頼はしていない。長男が、安月給で働く母親に頼るわけにもいくまい。そんなこんなで、自信と、そして何より自分自身への信頼はおそらくこのメンバーの中でも一番強いと思っている。
 それで一体なにがいいたいのかといえば、自分は、その瞬間まで我が目を疑ったことなどなかったということだ。



 開いた扉を呆然と閉めること数秒。
 自分の目を疑うという、人生における初体験を経験してしまった。
 視力は両目2.0だ。何よりこの体は、この目も足も全て、人生における最良で唯一のパートナーである。疑う理由がどこにある?
 いやしかし。
 あれが現実だと認めるのは無理だ。
 すっぱりと結論が出たところで、彼はもう一度ドアノブに手をかけた。かけたはいいがまわすことが出来ず、また手を離す。
 もう一度開けてみればいいのだ。そうすればなにが現実かハッキリするだろう。自分がこんな朝っぱらから白昼夢を見たというなら、それはそれでいい。
 だがしかし。
 夢でなかったらどうする。
 あんな恐ろしいというかおぞましいというかそのくせ妙になじんでしまう、アレが、現実だったら。
 ドアノブに手をかけては離し、離してはかけるという無意味な動作を繰り返していると、不思議そうな声が降って来た。
「なにをしてるんだ?」
「川島さん」
 振り向けば選抜選手の一人である川島が不思議そうにたっていた。
 そりゃそうだ。自分が今立ち尽くしている部屋のもう一人の主は川島だったと思い出して、言葉に詰まる。
 知っているのだろうか。
「開けないの?」
 ドアノブに触れたままの手を見て、川島は不思議そうに聞く。
 ちなみに川島は自分より9センチも背が高い。背が低い背が低いといわれる内海でさえ、実は自分より3センチも高いことを知ったときは、少しショックだった。やはり牛乳を飲まなかったのがまずいのだろうか。そんなこといったってガキのころは給食費にも困るくらいで、にもかかわらず幼い弟妹が5人もいて、学校給食の牛乳=赤ん坊のミルクとして家に持ち帰っていたのだ。ああ今はそんな切ないことを思い出している場合ではない、なんなのだアレは。
 不意に理不尽な怒りがムカムカと込みあがってきて、彼は勢いよく扉を開けた。



 ・・・・・・・現実だった。
「・・・・・・・」
「起きたんだ、草薙。おはよう、神谷は?」
 固まってしまった自分の後ろから川島がのんびりといった。
 なんだ、やっぱり知っていたのか、どうしてそれで落ち着いているんだ。
「まだ寝てる。コイツ朝弱えから」
 そう言って上半身だけ起こした草薙は、大きめとはいえシングルベッドに寝ているもう一人の、布団の上にわずかにのぞく黒髪を指で梳いた。
 ・・・・・・・なぜ。
 なぜ神谷がここにいるんだ。草薙がいるのは当然だ。ここは草薙と川島の部屋だ。だれが決めたのか基準のよくわからない部屋割りでそうなったはずだ。そして神谷は、なぜか一人部屋だった。だれと一緒になっても文句が出るからと、投げやりに岩上がいったのを覚えている。それが何故。
 しかも最初に戸を開けたときは、草薙が神谷を抱え込むようにして寝ていた。いや、抱え込むというより、ぶっちゃけ抱き合って。あれは幻覚か。
「なにか用があったんじゃないの?恩田?」
 立ち尽くしたままの恩田に変わらずのんびりとした声で川島が声をかけた。謎といえばこの人も謎だ、何故こんなに落ち着いているのだ。男二人が抱き合って寝ていたら変だと思わないのか。
 それでも草薙が服を着ていてくれたことだけが救いだった。
「・・・・・岩上さんに・・・・・・草薙さんを起こしてくるように頼まれたんで・・・・」
 つまりはパシリだが、文句は言わなかった。実力がある人間は尊重するのが恩田のポリシーだった。平松などはのぞいて。実力のある人間がいなければ、自分の力も活かせないからだ。
 起こしてきてくれといわれた草薙が起きているのだから、もう用はない。体を反転させて部屋の外に足を向ければいい。
 だがしかし。恩田は貧乏性だった。性も何も、生まれも育ちも貧乏なのだから仕方ない。ガキのころからその日の飯を心配して生きてきたのだ。そこらの貧乏性とは年季が違う。
 そんな彼にとって今の状態は、道に転がっている一円玉を発見したようなものだった。一円玉にしては衝撃が強すぎた気もするが、とにかく無視して通り過ぎることなど出来ない。一円を笑うものは一円に泣くのだ。
「なんで・・・神谷さんがいるんですか?」
 聞いてしまった。
 人の事情も感情もどうでもよく生きてきたのに、いやそれはたぶん、今まではそれが一円玉にも匹敵しないことだっただけだろう。今さっきの衝撃が、ようやく彼にとっての一円レベル。
「あれ、そういえばなんでいるの?」
 俺が寝たときはいなかったよねとにこやかに尋ねた川島の言葉は、十円レベルの衝撃だった。
 なぜ!?真っ先にそれを聞くのが普通だろう?そんなニコニコと流せることなのかこれが。いい年した男二人が抱き合って寝てたんだ、服は着てたとしても、シングルベッドで寄り添って寝てたらおかしいじゃないか。おかしくないのか。おかしいよな?
 しかし平然としている草薙と川島を見ていると、自分が間違っているような気がしてきてしまって、なんだか眩暈がした。
「夜中に来たんだよ。寝付けねえから湯たんぽ代わりになれって」
「ずいぶん大きな湯たんぽだなあ」
 川島が笑って言ったが、つっこむところを大きく間違えている。
 だいたいこの二人はそんなに仲良しだったか?神谷が高校を中退してイタリアへ渡ったことは知っている。そのあたりの縁があるのかもしれないが、昨日の様子ではそんな、片方を湯たんぽ代わりにして眠るなんてバカップルのようなことをするような仲には見えなかった。
 
 不意に、眠ったままの神谷が身じろぐ。眩しいとかなにか、文句をいったらしい。そして布団を深く被ろうとする神谷の手を草薙が上から握り、顔を寄せてなにかを囁いた。
 何故。
 なんでそんなに顔を寄せるんだ。気持ち悪くないのか。自分なら男相手にしないしされたくない。
 キスができる距離まで顔を寄せるなんて。
 恩田が呆然としていると、神谷が機嫌よさげに笑って、僅かにだした手で草薙の薄茶色の髪を引っぱった。
 軽く引っぱって、指を絡めて、また笑う。柔らかな朝日に文句を言いながら、草薙とじゃれている。
 ・・・・・・なんなんだこいつらは。
 呆然と言うより唖然。なんでサッカーの合宿に来てこんな新婚さんの朝みたいなものを見なけりゃならない。
 こいつらの中には、当然、まったく動じずむしろ微笑ましそうに見ている川島も入っていた。







 京悟と神谷はデキてません。こんなんでもデキてません。
 リクでは恩田はあくまで+αだったのに・・・ごめんなさいはじめさん!今恩田ブームが!!(笑)
 続きはなるべく早く書きます、ハイ。
 ではでは、こんな色物ですが、6262番としてはじめさんに謹んで捧げます!返品不可v(滝汗) い、いや、ゴミ箱にサクッと入れてやってくだされ・・・・(脂汗)


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