雑音 1
川島が去ったあと、サンシャインの駐車場に圧倒的に多くいたのは青のガクランだった。
まあ、場所が池袋であるから当然といえば当然だ。たとえ前田に負けたといっても、ここは正道館の葛西が支配する場所である。
だから正直、他の制服達にとってはいづらかった。
どうやらトップ同士はわだかまりを無くしたようで、なにやら仲良く喧嘩しているが、他の者まで平気になったわけではない。
前田の勝ちでケリのついた帝拳はともかく、目の前で鬼塚が殺されかけた須原・上山、首の骨を折られかけた亀や薬師寺のための救急車を呼ぶはめになった鶴にとっては、とてもじゃないが『仲良く』する気など起こらない。
かなうわけがないから抑えてはいるが、できることなら一発ぶち込んでやりたいというのが本音である。
しかし当の本人はそんな感情を嘲うかのように、前田と薬師寺で遊んでいた。
「オイ、止めろって」
「引っ込んでろ葛西、俺がこの馬鹿に世の常識ってモンを教えてやる!!」
「んだとコラァ!」
「やめねーか、前田」
言い争いからとうとう手も足も出てしまった薬師寺を葛西が、前田を鬼塚が止めようと割って入っていた。
といっても二人ともどこか遊んでいる顔で、時々水の代わりに油を注ぐようなことを言うから、喧嘩の仲裁になっているとはいいがたい。
「ほら、落ち着けよ薬師寺。バカを相手にする奴がバカだって昔から言うだろ?」
「んだと葛西ィ!!」
いきり立つ前田が鬼塚の羽交い絞めから抜け出すより先に、声がかかった。
「なら俺も馬鹿だろうな、葛西」
それは、この場の喧騒に似合わないほど、静かな声だった。
静かに冷えた声に、思わず前田も動きを止めた。
「・・・・・・・・・坂本」
「お前がここまで馬鹿だとは知らなかった」
薬師寺をかまう手を止めて、心なし青褪めて振り返れば、冷ややかな気配を纏った親友がそこにいた。
世の常識というのは、いわば暗黙のルールだ。犯せば不都合が生じるから、大概は守られる。
その暗黙のルールの一つに、ある。
『穏やかな奴ほど怒らせるな。優しい奴ほど怒らせるな。甘い奴ほど怒らせるな』
理由は一つ、絶対に勝てやしないからだ。
事実、葛西の顔には、150人の白ランを目の前にしても流れなかった冷汗が、ダラダラと流れていた。
「坂本・・・・・まあ、落ち着けよ、な?」
「落ち着いてるさ、これ以上なくな。一応聞いとくが、お前は川島とタイマンはるっつんで一人で行ったはずだな?」
坂本は仲間にはドロドロに甘い。まして葛西相手だと大甘もいいところだ。
なので、多少のことでは怒らないし怒っても声にまだ余裕がある。
いつもなら。
「それがどうして150人相手になってるんだ?」
問いの形を取るそれは、けれど、答えを求めていなかった。
ギリギリに張った声が、絶対零度のまなざしが、四天王ですら気圧される気配が、なにもかも坂本の感情を表していた。
思わず腰が引けた葛西は、一瞬、謝り倒そうと決意した。この際泣き落としでも傷ついたフリでも使えるものは何でも使って、機嫌を取ろうという心境に達したのだ。
しかし、その直後に彼は我に返った。というか、自分が今いる状態を思い出した。
周りには馴染み深い青のガクランがたくさん、つまり舎弟が大勢いる。そして何より、前田が、鬼塚が、薬師寺がいるのだ。
舎弟たちはともかく、この三人の前で謝り倒すのは、葛西なりのプライドが非常に嫌がった。
男の見栄である。ちっぽけな。
甘えもあった。坂本なら多少のことは許してくれるはずだと、そう思い込んでいた。
今までずっと、そうだったから。
結局選んだのは、全部うやむやにしてしまえという道であった。
それが最悪の選択だと気づかずに、葛西は軽い調子で言った。
「細けえこというなよ。いいじゃねえか、ケリはついたんだからよ」
笑って同意を求めても、坂本は無反応だった。
冷たさ以外なにも語らないまなざしで、ただ葛西を見つめている。
「んだよ、いちいちグチャグチャいうんじゃねーよ。たいしたことじゃねえだろ」
やや不機嫌そうに言葉を重ねたのは、周囲が興味深々でこちらを伺っていることに気づいたことによる、見栄に近い。
まがりなりにも葛西は正道館のトップで、いくら親友とはいえ人前で謝るということに抵抗があった。まして前田や鬼塚が面白そうな顔でこちらを見ている。
一言の「悪かった」さえ、喉の奥でプライドに引っかかって出てこない。
それに、謝るようなことをしたわけじゃないという気持ちも、実を言えば、かなりの割合で心を占めていた。
確かに連絡の一つもしなかったのは悪かったと思うが、葛西にも葛西なりの事情があるのだ。
なんとなく気づいたら150人相手にしていたという、なんの言い訳にもならない事情が。
だから、なんの反応も返さない男に焦れてつい、言ってしまった。
「いちいちうるせんだよ、お前は」
さすがに言い過ぎたと、いった直後に後悔したがもう遅い。
「ふざけんな」か「いいかげんにしろ、この馬鹿」か、とにかく怒鳴られるだろうと覚悟して首を竦めた。
だが坂本は、特に表情を変えなかった。
予想に反して、何も言わず、なにも騒がず。
ただ、静かな、静かすぎる気配を纏って、ツカツカと葛西に近づいて。
殴った。
「なっ・・・・・・!」
思わず小さく叫んだのは、葛西ではなく薬師寺だった。
葛西はむしろ反応があったことに安堵していたが、他のものは驚きの色を隠せなかった。
近くにいたほとんどのものが似たような顔をしている。
当然といえば当然だった。
いくら仲間といっても、いや仲間だからこそか、トップに手を出すことはまず無い。その辺りの上下関係ははっきりしている。
それでも薬師寺や前田辺りはふざけてやりあうこともあるが、鬼塚の場合はそういうタイプではないし、まして葛西となればありえないだろうと、他校の誰もが思っていたのだ。
なんといっても相手はあの葛西だ。人んちに乗り込んできて踵でアバラを折っていった男だ。
たとえ仲間だろうとこんなことを許すはずが無いと、その場の誰もが次に来る一方的な殴り合いを思って、体を硬くした。
だが葛西が口を開くより先に、坂本の声が沈黙を破った。
「終わりだ」
声が言葉より雄弁だといったのは、誰だったろう。
吐き出された声は、その音で全てを切り捨てた。
「二度とそのツラ見せんな」
あっけに取られている面々に目もくれず、坂本はそのまま踵を返した。
「・・・・・ちょっ、ちょっと待て!坂本!!」
慌てて葛西は追いすがった。まさかこうくるとは思わなかったのだ。
あとで二人きりになってからちゃんと謝ろうと思ったのだ。
それで坂本は諦め半分で笑ってくれるはずだった。
今までずっとそうだったから、今回だってきっとそのはずだと。
甘えも過ぎれば驕りとなるのに気づかずに。
「坂本!」
振り向きもしない男の肩を掴んだ瞬間、もの凄い勢いで撥ね退けられた。
静まり返った空気の中、誰かが息を飲む音が聞えた。その態度はさすがに葛西の逆鱗に触れると、鬼塚でさえ思った。
だが葛西は動かなかった。
・・・・・動けなかった。
「・・・・・・・・・・・坂本」
馬鹿みたいに名前を呼ぶしかできなかった。
撥ね退けられた手の痛みよりも、わずかに向けられた目に宿る怒りが、葛西を縛った。
坂本は全身で葛西を拒んでいた。
足を縫い付けられたかのように動けないまま、葛西は、二度目の人生最悪のミスを犯したことを悟った。
結局その後姿が見えなくなるまで、馬鹿みたいに突っ立っているしかできなかったのだ。
葛西は、気づくべきだった。
一度目の傷が、どれほど深く親友の胸の奥に巣食っているかを。
彼は一度、信頼よりプライドを取った。
すいません、逃げます(脱兎)
ごめんなさいごめんなさい、なんでいつもリクとかけ離れた代物になるんでしょう、世の中って不思議☆(死)
強気っていうか、キレた坂本とダメ男葛西の話に・・・・・ゴフッ(吐血)
しかもギャグにするはずだったのに、どこでどう間違えたのか、坂本の怒りの深さとか考えていたらあっという間にシリアスになりました、あはははは・・・・(滝汗)
今回の話は今までになく甘さ控えめ、かなあ?私は結構好きなんですが、こういうの。
読んでくださる方にとってはどうか知りませんー!(逃走)
川島編ネタは、もう一つバカップルバージョンがあるんですが、今回はリクが「強気&坂本葛西っぽく」でしたから!坂本葛西っぽくなってま・・・・・・せん(爆)
ごめんなさいごめんなさいカラス様、しかも続きます(死)
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