雑音 2



「で、なんの用だよ」
 やや不機嫌そうに尋ねたのは薬師寺だった。本当なら気恵ちゃんとデートv、のはずが無理やり呼び出されてムサイ野郎たちと顔をあわせることになってしまったのだから無理もない。
 しかし尋ねられた男はそんなことにまるで気を使う様子もなく、重々しく言った。
「手を貸せ」
 命令形だが、内容は、一応頼みごとである。
 人に頭を下げることなど死んでもしなそうな男が(今も下げていないが)頼みごとをしたのに驚いて、三人は顔を見合わせた。
「なんか、あったのか?」
 わずかに緊張を孕んだ声で前田が聞けば、重々しくというか暗い声で、葛西は言った。
「坂本が怒ってる」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・それだけか?」
 唯一テーブルになつくことなく(それでもぐったりとしていたが)鬼塚が言えば、葛西はまた重苦しく頷いた。
 一番に回復したのは、デートの予定を踏みにじられた薬師寺だった。
「・・・・・ふざけんなあ!!!」
 ちゃぶ台があったらひっくり返す勢いで、彼は叫んだ。
「なんだそりゃ!!?ママが怒ってるからおうちに帰れないの、じゃねえんだぞ!!馬鹿か、アホかテメェは!!んなくだらねえことの為に俺は呼び出されたんか!!?」
 立ち上がってテーブルをバンバン叩きながら怒鳴る薬師寺に、だが葛西も負けていなかった。
「くだらねえ事だと・・・・・?」
 バックに魔界の穴でもしょってそうな暗さで、ゆら〜りと葛西が立ち上がった。
「坂本が、あの坂本が俺を避けてるんだぞ!間違えてアイツのお気に入りテープに中学生日記を重ね取りしちまったときも、勝手にアパートの合鍵を作ったのがばれちまったときも、その鍵使って寝込みを襲ったときも、調子にのってやりすぎたあげくに病院送りにしちまったときでさえ、あいつが俺を避けたことなんて無かったのに!!」
「お前、そんなことまでしてたんか・・・・・・」
 かなり引いた口調で鬼塚が呟いたが、当の葛西はハンカチがあったら引き裂いてそうな勢いだ。
「その坂本が俺を避けてんだぞ!わかってんのか、お前ら!全部お前らのせいだからな!!」
「なんでだ!?」
 ボケとツッコミの国・大阪生まれの前田が思わずつっこんだが、ボケているわけではなく葛西は正真正銘本気だった。 
「お前らがあの時よりによって中央公園に来てなけりゃあ、こんな事にはなんなかったんだ!!挙句に前田がタイマンに拘りやがったから、結局俺は電話の一つもできず、坂本が怒るはめになったんじゃねえか!!」
「あとでテキトーにいやあいいとか言ってたくせに・・・・・」
「つか、愛想つかされたんじゃねえの、お前」
 しかし前田と薬師寺の小さな呟きは、幸いなことに葛西の耳には入らなかった。
「とにかく、手を貸せ」
 異様な迫力でもって葛西が宣言したとき、一応の冷静を保っていた鬼塚が言った。 
「お前が謝りゃいいだけの話じゃねえのか?」
 その、一言で。
 空気の栓が抜けたタイヤのように、ぱしゅんと音がしそうな勢いで葛西はみるみる縮んだ。
 たっぷり入っていた空気が一瞬で抜けさり、残ったのは萎れたような姿だけ。
 まるでゴジラからホビットになってしまったかのような、見事なへこみっぷりである。
「おい・・・・」
「・・・・話なんか、聞いてくんねんだ・・・・・徹底的に俺を避けてて・・・・・でも昨日やっと捕まえたと思ったら、俺の顔見るなり逃げ出しやがって、それでも何とか謝ったら、アイツなんていったと思う?」
 ぐすぐすとすすり泣き出しそうな雰囲気の葛西に、薬師寺は逆にダメージを受けつつ答えた。
「なんていったんだ?」
「・・・それで?って!それでだぞ、それで!!もう、それ以上俺がなんも言えねえでいたら、気がすんだか?って!!」
 すむわけねえだろ馬鹿やろう、と男泣きにオイオイ泣いている葛西。
 しかも最後に、とどめのセリフまで言われてしまったのだ。
 『気がすんだら、もう俺に声をかけんな』と。
 それを聞いた鬼塚はわずかに目を細めたが、なにも言わなかった。
「いいかお前ら。お前らにも半分は責任あるんだかんな、協力しやがれ」
 涙を拭きながらの言葉に、薬師寺と前田が仲良くそろって腰を浮かせた。
「お、俺、これから大事な用があるんだ、ワリィな葛西!!」
「俺も急用が!!」
 イヤーな予感にあたふたと逃げ出そうとする二人の背中に、目の据わった葛西がわざとらしく言った。
「残念だな、薬師寺」
「あ、ああ!ホントにな!!」
「夜道には気ィつけろよ?」
 ピタッと、その一言で薬師寺の足が止まる。
「前田」
「な、なんだよ!?」
 尋常でない葛西の目の据わりぶりに怯えながらも、一度は葛西に勝った経歴から、脅しになんか負けるもんかあ!という勢いで振り向くと、葛西がニッコリと笑顔で言った。
「俺とのことは遊びだったのね前田くん、とお前の女の前で泣き喚く」
「協力させてください」
 即座に前言を翻した前田と、泣く泣く席にもどった薬師寺と、はなから諦めモードだった鬼塚を前に、葛西は宣言した。
「ではこれから、坂本の怒りを宥めて葛西くんと仲直りさせよう作戦を開始する」
 せめてその作戦名だけは変えてくれ、と鬼塚は思った。





「まずは前田、お前が坂本を呼び出せ」
「なんで」
 嫌そうな顔をさらに嫌そうにゆがめた前田に、葛西は不愉快そうに答えた。
「あいつは何故か、何故かお前を信頼してっからな。お前が呼び出せば、まず、すっぽかしたりしねえはずだ」
 ということはつまり、お前は呼び出してすっぽかされたんだなと思ったが、さすがに哀れなので前田は沈黙を守った。
「そして坂本が来たら、お前ら三人そろって、俺がいかに悪くないかを説明しろ。あいつが俺はただ前田たちに引きずられただけなんだ、犠牲者なんだと思うまで説得しろ」
 言い方のわりに情けない内容に、前田がテーブルに突っ伏し薬師寺が空を仰いだ。
 こんな奴に俺は負けたのか、と思うとなんだか泣けてきたのである。
 ただ一人落ち着いている鬼塚だけが、呆れた口調で尋ねた。
「作戦っつーのは、それかよ?」
「他にあるかよ」
 偉そうに言ったが、実のところ葛西だってどうすりゃいいのかわからないのだ。
『終わりだ』といわれて、どうすれば怒りが溶けるのかわからない。
「まあ、話するくらいならいいけどよ。どういうやつなんだ、坂本ってのは?性格によって説得の仕方も変わるんだがな」
「どういうっつわれてもな・・・・・」
「すぐ切れるタイプか?短気だとか、怒りっぽいとか」
 葛西を平然と殴ったあの姿を思い出して鬼塚はいったが、葛西はわずかに苦笑して首を振った。
「それはねえ。いつもは穏やかで、揉め事が嫌いで、喧嘩もあんま好きじゃなくて、そのくせ強えんだ」
 あの外見であの強さは反則だといったのは、リンだったか。
「喧嘩売ってくる奴には容赦ねえけど、仲間にはマジで甘えんだよ。滅多なことじゃ怒んねえし、怒ってもすぐ許しちまう」
 正道館の奴であればそれだけで無条件に坂本は甘くなるから、逆に不安になるくらいだった。
 それほどに、大事にしていた。
 その筆頭が自分であると、葛西はちゃんとわかっていた。優越感は密かに、そして常に胸の奥にあった。
「・・・・・ならなんで、今回に限ってそんなにキレてんだ?」
 不思議そうに鬼塚が言った言葉は、まさしくここ数日間葛西が考えつづけていたことだった。




 心当たりが、無いわけではなかったけれど。
 それはあまりに恐ろしくて、欠片さえ目にしたくない考えだった。

 坂本は甘い男で、いつだって葛西には特別に甘くて。
 それに、甘えすぎていた自覚はある。驕りが無かったとはいえない。

 『終わりだ』と、坂本は言った。

 もしも、それが真実の想いだったら?
 いいかげん、葛西が嫌になっていたとしたら。

 血の気がゆっくりと下がる。考えたくもないそれが、もし真実だったら。
 悪寒がする、耳鳴りが止まない、手がガタガタと震える。

 今になって、ようやく気づいた。
 親友を引き止める術も、武器も、言葉も、何一つこの手のひらには無いことを。


















 1があんまり暗かったので、耐え切れず2をちゃっちゃと書くことにしました。
 同じ話とは思えないこの馬鹿さ加減、やっぱり明るくいくべきねと思っていたのにやっぱり最後は暗くなりました。
 何故だ・・・・
 葛西はいつになくダメ男だし。
 そしてごめんなさいカラス様、まだ続きます・・・・・・・・ウフフフフ(泣)


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