一夜。
たった一夜で世界が変わった。
白い光は選ばれたひと。
選ばれた神の子。恐れ敬うべきもの。
黒い光は穢れたひと。
闇に魅入られた穢れ人。忌むべき存在。
だから、いいかい?
決して、黒い光に近づいてはいけないよ。喰べられてしまうからね────
惑わしの月の泣き声
その街に噂が流れたのは、ありふれたこどでありながら非常のことだった。
−黒が狩られている−
その街は比較的大きかったから、どんな噂が流れようといつものこと。
だから、関わりのない者は気にも止めない。怯えるのは、一握り。
今度のハンターは白の中でも1,2を争う腕だと、影にまぎれて怯えた言葉を交わす。
「お兄ちゃん、早くおうちに帰らないと駄目よ」
「なんでだい?」
「魔物が出るの。お外にいると食べられちゃうからね」
真剣な顔で気遣ってくれる少女にお礼を言って、坂本は街外れに向かった。
「魔物、か……」
やれやれと呟いて、鍵もかかっていない無用心なドアを開く。
「……から、相手にしなきゃいいだろ!」
「それが無理だっつってんだ。逃げててもいつか見つかる」
「だからっておまえ一人で行くのは無茶だぞ、葛西」
(ったく…)
開けるなり飛び込んできたどなり声に、さっきよりふかぶかと息を吐いた。
飽きもせず、鍵もかけずに言い争うのは止めて欲しい。
「まだやってたのか」
「坂本。お帰り」
「ただいま」
広いがボロい部屋の中に、男が三人。いや、坂本が帰って来たので四人。
決まりごとの挨拶を交わして、坂本は呆れたようにいった。
「いい加減にしろって葛西。一人で何とかなる相手じゃないだろ」
「なる。お前らはここでおとなしくテレビでも見てろ」
「だーかーら!!」
今にも血管のぶち切れそうなリンを制して、なるべく穏やかに言った。
「お前が強いのはわかってるけど、不安材料が多すぎる。噂じゃ今度のハンターは相当らしいぜ。お前一人じゃ無理だ」
だが葛西は小馬鹿にするように笑った。
「お前らを連れていっても、足手まといが増えるだけだ」
「なんだとお!」
「リン、止めろって」
止める坂本も苦い顔をした。足手まといがどうとかではない。こういった物言いをするときの葛西は、説得がひどく厄介だということだ。
「第一、ほかに手があんのか」
言われて、リンも西島も言葉に詰まる。
葛西は冷静だ。四人の中で葛西が飛びぬけた力を持つ以上、彼一人で行くのが最善だとわかっているから。
けれど、坂本だけは笑った。
彼は、その言葉を待っていたのだ。
「あるぜ。俺が行けばいい」
「……馬鹿かお前は!何いってんだ!!」
「俺なら死なない。これ以上の手があるか?」
「…テメェ」
唸るような声とはっきりと怒っている顔に、宥めるように坂本は続けた。
「正確には死ににくい、だけどな。これが一番だろ」
それでも、葛西が行くよりはずっといい。
本当はいつものように逃げてしまいたかった。
…それが出来ないなら、自分がいく。一番死ににくいから。
「………坂本」
(…怒ってるな)
予想はしていたが、実際その地を這うような声を聞くと顔が引きつるのがわかった。
「今度そんなふざけたことぬかしやがったら……一週間は足腰たたなくしてやる」
やる。この男はやるといったらマジでやる。
顔が青ざめないように努力しながら、それでも言い募る。
「やばくなったら逃げるからさ。それなりの傷を負わせて引き上げてくるのでもいい。それなら俺が適任だろ」
「駄目だ」
「葛西!」
「…命令だ。動くな」
舌打ち一つして、深く息を吸い込む。
穢れた闇のもであろうと、輝かしい光のものであろうと、この世界に選ばれることはなく、はじかれることもない。
息を繰り返し、それとともに力を集中させる。
命令など、親友が聞き入れるはずがないことを、彼はよく承知していた。
だからこそ、早くやり終えなくてはならない。
いざとなれば、彼は恐ろしいほど簡単に、ためらい無く、一瞬で死を選ぶ男だ。
一人残されるなんて真っ平だ。
左胸に闇が暗い炎を出し燃え始めたのを感じて、金の髪の男は夜の街へ降り立った。
「お兄さん、一人?ここ、座ってもいいかしら?」
「どうぞ」
暗いカウンターの席でも、女の顔はよく見えた。濃い化粧が映える、きつめの美人だ。
「名前を聞いてもいいかしら」
「好きに呼んでくれ」
「あらつれない。でも、そうね、その髪がすごくきれいだから許してあげる」
男はかすかに苦笑したようだった。
「一人で、こんなところで飲んでいるなんて、失恋でもした?」
「さあ?でも、これからするかもしれないな」
意味深に、笑んで見せる。
それに答えるように、女は真っ赤な唇をぬらせて囁いた。
「その髪、本当に奇麗ね。ねえ、もっと近くで見せて欲しいわ」
「……悪いが、人を待っているんだ」
「あら、来ないじゃない」
「来たさ。たった今」
薄く笑って男は立ち上がった。
「手間が省けたな」
男は誰ともなしに呟いた。
気配を感じなければあの女を使って誘うつもりだったのだが。
運がいい。
暗闇の中でも、その顔ははっきりと見えた。
ふいに、懐かしさがこみ上げる。
「よう」
「やっぱりお前か」
「それは俺のセリフだと思うが」
それもそうかと笑って、月の隠れた夜の闇の中、かつての友人と向き合った。
友人のトレードマークのようなコートは変わっていない。いい加減ボロくなったんじゃねえかな、などとそぐわないことを考えていた。
「話し合う余地はあるか?」
「俺にか?」
嘲って聞き返せば、ガタイのいい体も笑ったようだった。
「仕事なんでな。一応聞くのが義務なんだ」
「なんて答えれば丸がつくんだ?」
吸っていたタバコを掴んで、男は重々しく言った。
「あります。後悔しています。どうか助けてください」
最後まで聞かずに葛西は笑い出した。
後悔。
助け。
ばかばかしい。
今までで一番後悔したのは、自分を止めようとした親友を傷つけたとき。それ以上の後悔なんて、あるわけがない。
「それでいくと、やっぱり俺はバツがつくな」
「どうせ昔から丸がついたことのほうが少なかったんだろ」
「ああ?お前よりは多かったぞ」
「うそつけよ」
笑い出す。
いい夜だ。
月が隠されて星一つ見つけられなくとも。
いい夜だ。
かつての友人と殺し合うには。
これ以上なく、ふさわしい夜だろう。
迷ったあげくだすことにしました。わけのわからん話でごめんなさい。
この話には自分的裏タイトルがあるのですが、それ出すとシリアスがぶち壊しなので書きません。
2へ