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 月も星も光り無く、人工の灯りさえここからは遠い。
 だが人よりはるかに夜目のきく葛西は、正確に照準を合わせた。
 トリガーを引く。
 だがさすがに、おとなしく死んでくれるような男ではなかった。
 同時に白炎を纏った刃が、喉元を掠める。


 暗闇の中でなら自分のほうが有利だと考えていた、わけではない。
 葛西が黒の中で最強と呼ばれるなら、真っ直ぐに銃を向けてくる男は白の中で1、2を争う。

 だが、死ぬわけにはいかない。

 心の中でそう呟いて、ふと笑んだ。
 そう、死ぬわけにはいかないのだ。自分が死んだら、あの黒髪の親友も死ぬのだから。

 光にも闇にも死神にも、坂本は渡さない。
 
 左足を弾丸が掠める。
(接近戦は不利か?)
 葛西がオールマイティだとすれば相手は接近戦のプロだ。
 距離を取ることも可能。
 だが確実にしとめるなら、この機会を逃すわけにはいかない。

 一旦退く、というわけにはいかない。なんとしても今ここで決着をつける。
 左胸に手を当てる。ためておいた炎を一気に使えば、弾丸は気にせずにすむ。
 問題は、相手の炎がどの程度のものか正確に測れていないことだった。
 白が勝つか黒が勝つか。
 それは賭けだ。それでは賭けなのだ。
 たとえ他の何を賭けても、この命だけは賭ける気は全くない。
 切り札を、使うか。
(……悪ィな)
 もしもあの時、坂本が来なかったら。
 この友人に殺されてやってもよかったけれど。

「覚えてるか?昔お前のアバラ折ったよな」
「忘れたな」
「あいにく俺は覚えてる。お前を殺した後も覚えててやるよ、鬼塚」

 一気に懐まで飛ぶ。
 黒い炎を纏った右手で、心臓を狙った。

 鬼塚の右腕が白く輝いて、黒炎を喰らい尽くそうとする。
 それは確かに、今までのハンターとは比べものにならないほどの輝きだった。並みの闇人なら、骨のかけら一つ残さずチリにされるとこだろう。

 だが、喰われたのは白炎だった。
 鬼塚の顔が驚愕に歪む。
 葛西は闇の炎を纏っていた。
 それは、爪先から頭のてっぺんまで余すところなく体を覆っている。
 猛々しく凶暴な黒炎が、主人を傷つけたものへの報復を果たそうとするかのように白き炎を喰らい尽くし、牙をむく。
「いったい…何を喰った!?」
 黒き炎は、ありえない強さと量だった。
 白の中で最高の質と量を誇る男でさえ、両腕を纏う炎を作り出すのが限度だというのに。
 葛西が黒の中で最強だとしても、これほどの炎が自然のものであるはずがない。
 そして黒は、心臓を喰らうごとに強くなる種。
「さあな、何人喰ったかな」
「てめぇ!!」
 いきり立つ鬼塚に、葛西は密かに苦笑した。
 確かに白と違って、黒の炎は喰って力を増やすことが出来る。だから、貪欲に人を喰う者もいるが…
 葛西が喰ったのは一人だけだ。今までも、これからも。

「じゃあな」
 いって、黒炎を増す。
 古い友人を、殺すために。


 
「……くっ」
 だがわずかにうめいて飛びのいたのは。
 葛西のほうだった。


「無事か鬼塚!」
「…ああ…なんとかな」

 葛西の右手が鬼塚の心臓を貫こうとしたその時、白の炎を纏った弾丸がわき腹を抉った。

「──── 葛西!」
 聞き覚えのある声に顔を上げれば、見覚えのある顔が馬鹿みたいにこちらを見ている。

 心臓が嫌なリズムを打つのがわかる。
(動揺してる場合か!!)
 切り札を見せた以上、鬼塚を生かしておくわけにはいかない。傷は浅くないが、まだ力は残っている。迷っている暇はない。二人まとめて殺す。
 血が滴る傷口を抑えて、葛西はもう一度炎を呼び起こした。

「なんで…なにやってんだよお前ら!!」
 もう一度、距離を縮める。まだ回復していない鬼塚を先にしとめるべきだ。
 乱れる呼吸を抑えながら、右腕に炎を集めて心臓を狙った。
「葛西!」
「どいてろ!」
 荒い息で鬼塚が銃を取る。
「やめろって!」
 制止の声と共に二人のあいだに割って入る姿が見えた。
 好都合だ。

 黒き炎が剣のように形作る。
「葛西!」
「わりぃな、薬師寺」
 慌てて、あいだに入った男が腕に白光を集めるのが見える。

 一か八か。
 わき腹からずいぶんと血が滴っているのがわかる。これさえなければまだましだったのに。
 炎を操る力が、ずいぶんやばくなってきている。
 鬼塚はともかく、薬師寺を殺れるか。
(賭けだな…)

 賭けだ。
 わずかに、ためらいが生まれてしまうのがわかった。
 確実に勝てないのなら、最優先事項は生きて帰ること。それは絶対だ。
(退くべきか…?)
 問題は鬼塚に切り札を見せてしまったことだ。せめて鬼塚だけでも倒さなければ、後の禍根となることは明白だ。
(どうする…)
 賭けるには、重すぎる命だ。この心臓一つに、坂本の生死がかかっている。


「葛西、退け!」
 声とともに、黒炎を纏った弾丸が乱射される。
「リン!?…手伝え!!」
「なっ、馬鹿いってんじゃねえ!退けっつってんだ!!」
 精子の声にかまわず突っ込んだ。薬師寺をかわして、鬼塚の間合いに入る。
「葛西!」
「ばかやろっ、ちくしょう!」
 完全に背中を見せている葛西に、仕方なくリンは薬師寺に的を絞って引き金を引いた。
 だがすべて、薬師寺の炎に消される。
 両腕が、白く輝いているのが遠くからでもわかった。
「両腕!!?嘘だろォ!!」
 並みの光人なら指三本の白炎。強ければ手一面。ずば抜けていれば、片腕。
 両腕が輝いている光人など、一人しか知らない。白の中でも1、2を争う男。
 その腕が、こちらに向けて引き金を引く。

 リンに出せる炎は手一面。輝きは明らかに劣っている。
 弾丸が黒炎を突き破る一瞬、思わず目を閉じた。
 白の炎を纏ったそれが、体に打ち込まれ……なかった。

 いつまでたっても感じない痛みの代わりに両側に感じた気配に安堵して、へなへなと座り込んだ。
「大丈夫か!?」
「座り込むな!ドンパチの真っ最中だぞ!!」
「俺より、あいつを何とかしろよ…」
 呟いて、うらめしい顔で指差す。


 
 リンに任せたはずの薬師寺が、あと一歩のところで入ってきてしまって歯噛みした。
「止めろって、葛西!」
「うぜえよ、邪魔すんじゃねえ!」
「ずいぶん焦ってんじゃねえか、葛西」
 黒炎に焼かれた右腕を抑えながらも、鬼塚はふてぶてしく笑う。
 葛西はそっけなく言い返した。
「お互い様だろ」
「そんなに知られちゃまずいことだったのか」
 内心舌打ちした。これだからこの男は厄介なのだ。
 だが、そんなことはそぶりにも見せず笑った。
「何の話だ?」
 そして決意を固める。
 薬師寺はどうでもいい。この不敵に笑う男だけは殺す。

 そして、最後の炎を取り出したとき。



「葛西!」

(なんで……!)
 この世で一番聞き慣れた声。
 そして一番ここにあってはいけない声。

「来るなっ…!!」

 





 ただ、この現実を見せたくなかった。
 それでも坂本は変わらないだろう、泣かないだろう、笑っているだろう。
 全ての傷に一人で耐えて、誰にも、葛西にも手を伸ばさずに。


 それが許せないから。

















 葛西は剣が一番使えますが、持ち運びに不便なのでいつもは銃。
 鬼塚はナイフ&銃。
 武器の主流は銃です。
 葛西は独占欲が激しい男かもしんない・・・今更か。

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