落し物   2


「で、ここまで連れてきたのか」
 呆れたように言ったのは、コートがトレードマークのようなガタイの良い男、鬼塚だった。
 行きつけの店の椅子に横たえられた男は、ぴくりともしない。
 その隣では上山が精一杯小さくなっている。
「やっぱ病院連れってたほうがいいんじゃねえの?」
「いやでも、たぶん、脳震盪起こして倒れただけだと思うし」
「上山くんも、早とちりやなあ」
「うっ・・・・でもよお、あの状況じゃ、どうしたって幸一が殴られそうになってるようにしか見えなかったんだ・・・・」
 声はだんだんと小さくなっている。
 殴ってしまった後で事情を聞かされて、慌てたところでもう遅い。
 ぐったりとして動かない体を前に青くなっていたら、今ごろになってサツが来そうだったので、慌てて逃げてきたのだ。
 意識のない男は当然上山が担いだ。
「すごかったスよ!十人以上いたのに、ものともしねえで叩きのめしたんス!!きっとかなり名前の知られたひとっスよ!」
 さっきから興奮して騒ぎまくっているのは、助けられた当の本人である。
 傷だらけで、かなりひどいツラになっているが、それどころではないといった騒ぎぶりだ。
「名前の知られた、ねえ・・・・おい、誰かこいつの顔に見覚えのある奴いるか?」
 三年の一人が周りにふると、そこそこ人数の集まった喫茶店がシーンと静まり返った。
「ウソォッ!?」
「ちなみに俺もしらねえ。上山さんは?」
「知ってたら殴るかよ・・・・」
「須原は?」
「ワイも見たことないなあ・・・鬼塚さんは?」
 聞かれて、さっきまでなにやら考え込んでいた鬼塚が首を振った。
「いや・・・・ただ、どっかで見たことがある気はするんだが・・・・わからねえ」
 誰も知らない、ということにショックを受けて黙り込んだ一年に鬼塚は笑った。
「この街の奴じゃねえってだけかも知れねえだろ。十人以上を一人でかたずけたんだ。相当ケンカ慣れしてる。地元じゃ有名かもしれねえぜ?」
「そ、そうっスよね!」
 とたんに元気を取り戻した一年に周りも苦笑した。
「----------んっ・・・・・」
 その時、周りの騒ぎに起こされたのか、ぴくりともしなかった男が椅子の上で身じろぎしながら、目を開いた。



 椅子の上で上半身だけ起こした男は、幸一には悪いがとても喧嘩が強そうには見えなかった。
 どちらかといえば、進学校にいるけどちょっと遊んでいるタイプ。人を殴ったことなんて数えるほどもありませんという顔に見えた。
「目が覚めたか?」
 頭を打ったときのショックが残っているのか、ぼうっとしている男に鬼塚が声をかけると、ようやくどこにいるのか気づいたらしい。
 周囲を見てすっと身構える。慣れた動作だった。
 その喧嘩慣れした態度に、鬼塚が暢気に感心していると、上山が慌てて叫んだ。
「悪かった!勘違いして、あんたが幸一を殴るように見えたんだ。助けてくれたんだってな。悪かったよ」
 男は、勢いよく頭を下げる上山に困惑しているようだったが、それでも警戒は解かない。
 黙ったまま、視線をめぐらす。
 柄の悪いのがうようよいるここに連れてきたのはまずかったようだ。これからリンチに遭うんじゃないかと警戒しても無理ないかと、軽く息をついて言った。
「あんたが気絶した後すぐにサツが来てな、それで慌ててここに連れて来たんだ。あんたに何かするつもりはねえ」
 宥める口調で言えば、ようやくわずかに警戒を解いて男は言った。
「あんた、誰だ・・・?」
 その言葉と品定めするような目つきに、やっぱり地元の奴じゃねえなと鬼塚は納得した。
 四天王とまで言われる鬼塚を知らないやつは、この辺りにはいない。
「俺は鬼塚だ。おまえは?」
「俺は・・・・・・」
 男は呟いたきり言葉を失って、何かを探すように視線をめぐらせてから、今度こそ困ったように言った。
「俺は、誰だっけ?」
「・・・・・・・・・はあ?」
 なにふざけてんだと言いかけて、言わずに口を閉じた。
 男の顔は本気だった。本気で困っていた。
 答えを求めるように見つめられて、非常に恐ろしい考えが浮かぶ。
「まさか・・・・・・」
 いやまさかそんな映画のような話があるわけない、でもまさか。
 打ったのは頭だ。
 恐る恐る、聞いた。
「まさか、何も覚えてないとか・・・・・?」
 否定して欲しかった言葉は、期待を裏切った。
「なんも思い出せねんだけど・・・・・」
 すまなそうに言われた言葉に、店中の空気が凍りついた。




「・・・・・それで、医者はなんて?」
「一時的なショックによる記憶の混乱だから、三日もすれば思い出すので心配いらないそうです」
「本当かよ」
「やっぱ警察に行ったほうがいいんじゃねえの?」
「なんて説明すんだよ・・・・・」
「そりゃ・・・」
 ちらりと見れば、上山はこれ以上ないほど小さくなっている。
 隣で須原が「悪気はなかったんやから」と慰めているが、あまり効き目はない。
「言えねーよなあ・・・」
「でもまずいだろ・・・」
 ひそひそと言い合いが続くと、いい加減嫌気がさしたらしい鬼塚が言った。
「三日様子見て、駄目なようなら届ける。それでいいだろ」
「でも三日間どうしますか?名前もわかんねえんじゃ・・・」
「俺が預かりゃいい」
 鬼塚はあっさりといったが、周りは慌てた。
「それなら俺がします!もとはといえば俺のせいッスから」
「おまえんちは親がいるだろ」
「鬼塚さん・・・・・」
「おまえもだ上山。ま、俺の家なら誰もいねえから」
 なおも言い渋る上山に背を向けて、いまだに事態を飲み込めていないような男に声をかける。
「悪いな。あんたの身元はちゃんと捜すから、それまで俺の狭いアパートで我慢してくれ」
「狭いのか?」
「安心しろ。布団は二枚敷ける」
 それはとても安心できることじゃなかったが、記憶喪失の男は軽く笑い声をたてて「よろしく」と頭を下げた。
 落ち着いてコーヒーを飲んでるし、どちらが被害者だかわからない。

 こいつは、少しいやかなり、変な男かもしれないと鬼塚は思ってしまった。
 





 同人女なら一度はやりたい、記憶喪失ネタ。
 好きなんです、ベタネタとか黄金のパターンとか王道ネタとか大好き(笑)
 タイトルの落し物は、記憶喪失じゃあからさま過ぎると思ってつけました。自分的にはお気に入りタイトル。
 次は鬼塚と坂本の同棲生活だ!(笑)嘘です。せいぜい愉快な同居生活ってとこです。
 今回一言も出なかった葛西も、そのうちちゃんと出ます(笑)

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