落し物 4
休日の朝早くから起きるほどお子様ではなかったが、それでも鬼塚はたいがい九時には起きる。
意外と規則正しい生活を送っている、わけでは全くない。全然ない。
むしろ常日頃から爛れきった生活を送っているせいで、結果的にこうなっただけだ。
その日もいつもどおり九時ごろに起きて、隣を見やれば、記憶喪失の男が幸せそうに眠っていた。
スヤスヤと実に気持ちよさそうに、丸くなって日向ぼっこの猫のように寝ている。
記憶喪失で見知らぬ男に拾われたようなこの状況で、よくここまで熟睡できるなーと、鬼塚は感心して寝顔を見た。
とっても幸せそうだ。
なんだか憎らしくなって頬を抓ってやろうかとしたが、もしかしたらよく寝付けなくて朝方寝たのかもしれないという考えが、ふと頭を掠めたのでやめにした。
そこだけ別世界と化した台所から幾分干からびた食パンを取り出し、酒が八割を占めている冷蔵庫から昔買ったマーガリンを取り出す。
開けると色がちょっと変だった。
少し不安になって賞味期限を確かめると、後一ヶ月は大丈夫だったので安心して食べた。
むしゃむしゃと食パンを食べ終わると、特にやることもない。
ひまだ。
久しぶりに布団でも干そうかなーと思ったが、まだ布団にしがみついてぐーすか寝ている物体Xを思い出しやめにする。
テレビでも見るかと思ったが、まだ寝てる物体Xを起こしたら可哀想だと慈悲深いことを考えてやめにした。
ひまだ。
退屈だ。
鬼塚の”慈悲深い思いやり”は十分も持たなかった。もともとの体質に合わないのだ。亀が空を飛ぼうとするようなものだ、亀が屋上から飛んだって墜落するだけだ、慣れない事はするもんじゃない。
一人よくわからない論理で頷くと、鬼塚はあっさりと思いやりをやめた。
どかどかと自分の分の布団を干し、テレビをつける。
”おそあさ”がやっていた。キリコは結構可愛いと思う。
10時になった。洗濯をした。
11時になった。掃除機をかけた。
12時になった。昼飯を食った。
1時になった。・・・・・いいかげんキれた。
「なあんでまだ寝てんだてめーわ!!」
テレビと洗濯機と掃除機の騒音に負けず寝つづけるというのは、ある意味凄いかもしれない。しれないが、いいかげん起きろと叫びたくもなる。
記憶喪失の物体Xは、時計の針が一時を回った今でもまだ、しつこく寝つづけていた。
「いいかげんに起きやがれ!!」という叫びとともに鬼塚の右足がちょうど腹の辺りを踏みにじる。
「うううう・・・・・・・」
しかし男は起きなかった。
呻き声をあげて乗っかっている足を体の上からどけると、またくーくーと寝始める。
へたしたら一生寝つづけていそうな勢いだ。
「てんめえ・・・・・ぶっ殺すぞ、コラ」
ひくーい声で凄んでみても、男は幸せそうに眠りつづける。
「そうか、そうか、わかった。わかったぜ?わかっちゃったぜ?・・・ふふふふふふ、ウフフフフフフ」
どこかイっちゃった目で、鬼塚はニコッと笑った。
「うおりゃあああああ!!!」
ドスンッと鈍い音とともに、男は敷布団から放り落とされた。敷布団を下から勢いよく引っこ抜かれたのだ。いくら下が畳だといっても痛い。痛い、ハズなのだが。
男は起きなかった。
「いー加減にしろや、ワレェ」
鬼塚は怒りのあまり何故か関西弁になってしまった。
いまだ毛布にしがみついている男を、いっそ寝かしといてやればいいじゃねえかという至極まっとうな理性の声を無視して、毛布を引っぺがそうと勢いよく引っ張りあげた。
その馬鹿力によって毛布は引っ張り上げられたが、男もいっしょについてきた。
何とか毛布と男を分離させようと、毛布を右に左に引っ張るが、そのたびに奴も右に左についてくる。
なにが恐ろしいって、それでもまだ、この期に及んで寝ているコイツが恐ろしい。
ゼーハーと荒い息をつきながら、思い切り力を込めて最後の一振りの勢いで毛布を振った。
飛んだ。
吹っ飛んだ。
激突。ドスン。
「おお!?」
とうとう毛布とさよならをさせられた男は、その勢いどおり、てこの原理だかアインシュタイン理論だかなんかにのっとって、空を舞い、安アパートの薄い壁に激突した。
(・・・窓じゃなくてよかった)
ガラスの修理代を思い浮かべて一瞬心から安堵した彼を、誰が責められよう。案外誰でも責められるかもしれないが、とにかく鬼塚はほっとしつつ、男に近づいた。
鬼塚の腕力と壁によってようやく目覚めた男は、ちょっと痛そうに体をさすっている。
(今ので記憶が戻ったなんてことはねーかなー、ねーよなー、戻ってたらいいのになー)
そしたらちょっと力が入りすぎて吹っ飛ばしてしまったこともチャラだ。しかしこんなんで記憶が戻ったら、それはそれで恥かしい気がしないでもない。
「いてえ・・・・・・」
恨みがましい目で見上げてくる男に、鬼塚は嘘くさい爽やかな笑顔を向けた。
「おはよう、クロすけ!」
「・・・・・クロすけ?」
「名前ねえと不便だろ?俺がつけてやったんだ!!」
さっきのことを誤魔化そうと、いっそすがすがしいほど嘘くさい笑顔に日光を背負って鬼塚は宣言した。
「今日からお前はクロすけだ」
「死ね」
「んだとコラァ!」
「ざけんなあ!何だそのネーミングセンスゼロの名前は!!もっと格好いいのにしやがれ!」
「ハッ、一発殴られただけで記憶無くしたような奴がなにいいやがる」
実に痛いところを突かれた。
「いいやがったなあ!この鬼ダコ!!」
「鬼だっ・・・!!テメエのほうがネーミングセンスゼロじゃねえか!!」
壁に激突事件はうやむやになったが、クロすけと鬼ダコで結局取っ組み合いのケンカになった。
とりあえず、壁と畳にぶつかっても記憶は戻らなかったらしい。
すったもんだのあげく、男の仮名はクロに決定した。本人は水谷がいいだの渡部がいいだのほざいていたが、下手に名前らしいのを付けて記憶が戻りにくくなったら困るという言葉の前には黙るしかなかった。
「腹減った・・・・」
朝昼と食べてないからお腹がすくのは当たり前。なのにどうしてこんなに恨めしい声が出るかといえば、開けた冷蔵庫の中に見事に何もなかったからである。
「なんもねえとかいうなよ、失礼な奴だな。ほら、あるじゃねえか」
「ネギとマーガリンと砂糖でなにを作れっつんだ・・・」
しかもネギはちょっと怪しい。へろへろでスカスカだ。
「しゃーねえな、なんか食いにいくか?おごってやるよ」
「そんな不経済な。買い物に行こう」
まず米を買わなきゃなと呟く男を呆れた顔で鬼塚は見やって、ふと思い出していった。
「クロ」
「なんだよ」
振り向いたところでシャッターを押す。
フラッシュの光が夕日より強く光っていた。
「須原たちがお前の身元捜してるけどな、写真でもねえとわかりにくいだろ」
そう説明すると、男は苦笑したようだった。
この男は記憶がないのだと実感するのは、こんなときだ。
ふらりと現れて、違和感無くこの部屋に座り込み、まるで何年も前からここにいたような、無視できないのに抵抗を感じない奇妙な存在感。
四天王とまで呼ばれる男に平気でタメ口を聞き、臆するどころかひどく楽しそうに笑う。
はっきりいって、変だ。この男も、そして抵抗を感じない自分も。
これじゃまるで、普通のお友達だ。
そう思って自嘲した。そんなものを最後に欲しがったのはいつだろう。思い出せないほどひどい昔。
どうせ三日もすればいなくなる男だ。三日間のお遊びにそこまでのめりこむほど可愛い性格では、あいにくと無い。
「しょーがねえな、買い物に行くか」
「鬼塚」
呼ばれて振り向くと、一瞬で手に持っていたカメラをつかまれ、肩を思い切り引っ張られたあげく手際よくシャッターを押された。
フラッシュの光が目の奥まで焼きつく。
「・・・・なに、しやがる・・・」
「写真とっただけだろ?ツーショットで」
くけけと悪びれず笑う男に、こみ上げていた怒りが急落下してしまう。
「一枚しかとらねんじゃフィルムがもったいねえしな」
真面目な顔でそんなことを言う男に、不意に笑いがこみ上げてきた。
「おまえ・・・それが本音だろ・・・・この貧乏性」
「悪いか」
「いいや、全然」
いいながらも笑い出した鬼塚の頭をクロが遠慮なくどつく。
そうこんなのも悪くない、全く悪くない。
だからもう笑うしかないだろう。
須原たちとは違う。前田たちとも違う。
度量を示す必要は無く、強くある気にもなれない。ぬるま湯のような安堵と、頼りも自信もない気の抜けた関係。
貧乏性で寝汚い男と、ネーミングセンスゼロで生活能力の欠けた男の、気の抜けた関係。
悪くない。それはかなり、悪くない。
「オイ鬼塚、置いてくぞ」
いつの間にか外に出ていた男の手にしっかりと財布が握られているのを見て、また笑った。
「テメ、人の財布勝手に持ち出すんじゃねえよ」
「おまえに持たせるより経済的だろ」
さっさと来いと言われて、鬼塚はまた笑った。
スーパーで悪目立ちしたとか、レジの兄ちゃんの声が震えてたとか、現像されてフィルムを取りにいった須原が現像されたもう一枚を見て凍りついたとか、それはみんな些細な話。
そして些細でない話。
「ったく、どこいきやがったんだ・・・・」
何度かけてもつながらない電話を、苛々と叩きつける。
いつもならこんなときは直に家に押しかけるのだが、昨日今日とそれが出来ない事情があった。
「なにサボってんだい、この馬鹿息子」
「うるせえよ」
「うるせえよ?さっきから水割りをお待ちのお客様がいるってのに忘れきってる空っぽの頭が何を言うのさ。どタマかち割ってスイカ代わりに入れられたくなかったら、さっさと水割りつくんな!」
『口より手が先に出る辺り実に血のつながりを感じるよな』と失礼なことをのたまった男は電話に出ない。
ウイスキーのビンで息子の頭をどつくような女と血のつながりなんぞ感じて欲しくないものである。
これ以上は本当に血を見るはめになるので、しぶしぶ氷を砕き始めた。
店の手伝いなんか面倒なだけだが、不用意な一言が死を招く。というか、赤字になったら平気で上海に売るくらいやりかねない。売り飛ばした後で『自力で逃げてきてね』と笑う女だ。
明日あったらきっちり八つ当たってやる。そう決めて、ようやく葛西の口元にかすかな笑みが浮かんだ。
けれど、その明日も坂本の姿は無かった。
何故か、どんどん変な風になってるこの話。
葛西のおかんがやたら弾けた人になってしまいました。うーん、きりっとした和服美人とか下町タイプのお母さんとかいろいろ妄想はあるんですが、今回はちょっとやばいカンジの人で。ISAGI−KOJIMAというマンガに出てくるいっちゃんのお母さんのような人、といってわかる人はどれくらいいるんでしょう?(笑)
鬼塚と坂本の同居編は、なんかこのまま坂本の記憶が戻んない話ってのもいいかなーと一瞬心が揺らめきました。やばいです。でもちょっとよくない?(よくない)
鬼塚と葛西は私の中でなんとなく似てます。深く考えると全く似てない気もするんですが、なんとなく似てます。だから坂本なら鬼塚と友人関係を築けるんじゃないかなーと。葛西で慣れてるから、扱いがうまいんですよ!(笑)
舎弟と友達はどう違うんだかよくわからんと、前田と薬師寺については思うんで。つか、実質違いなさそうな二人。確かに尊敬が見えるときもあるけど、さん付けだったりするけど、実質友達。舎弟との壁ナシ。でもって葛西と鬼塚はしっかり壁のある関係。舎弟は舎弟で、仲間ではあるけど友達とは違うという感じ。
でも葛西はいいのさ、坂本がいるから。舎弟じゃなくて親友っていう位置に坂本がいるから、奴はそこそこ気が抜けるでしょう。どーする鬼塚。
この人の周りにお友達とかいなそーだなあ。拒みそーだなあ。で、坂本と鬼塚の友人関係なんかもいいかなと!どうしてそうなるというつっこみは却下!(笑)案外うまくやってけると思うんですが、この二人。鬼塚なんか葛西より人生捨ててるし。
問題はそれをやったら葛西坂本でなくなるということですね!それはやっぱり大問題だなあ・・・鬼塚&坂本愉快な人生日記とかになってしまう・・・サイトの趣旨から外れてるじゃん!(笑)
つか、そんなことしたら葛西が・・・・・いや、やっぱり葛西がね!やっぱりアタイは葛西が好きだよ!坂本のいない葛西なんて怖すぎだ・・・
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