落し物 5


 そうして、三日たっても男の記憶は戻らなかった。

「あんのヤブ医者あ!話が違うじゃねえか!!」
「騒ぐなよ、仕方ねーだろ」
「やっぱ警察行くしかねーか」
「結局名前もわかんなかったんだって?」

 ひそひそと、いつもの店に集まって顔を突き合わせて言葉を交わすブレザーの集団。
 目つきもガラも素行も悪い集団。
 はたから見るとちょっと怖い。

「すいません、鬼塚さん。結局名前も調べられなくて。かなり手広く探してみたんですけど・・・・」
「まあ、仕方ねえな。地元の奴じゃねえなら、さすがに範囲が広すぎる。・・・・・サツに行くしかねえだろうな」
 すいませんと何度も頭を下げる上山に「いい」と軽く手を振って、鬼塚は煙草を浅く吸った。
 サツという言葉に一瞬誰もが押し黙る、その静かな空気をのんびりとした声が破った。
「俺は警察は好きじゃねーなあ」
 当の本人は、何故か一番困ってない。本当に記憶が無いのかと疑いたくなるほど、暢気である。
「なんで」
「なんとなく」
「・・・・犯罪者か」
「決めつけんなあ!」
 ボカッといい音を立ててクロが殴った。
 もちろん軽く叩いただけで、鬼塚も本人も気にしちゃいない。顔が青褪めているのは、楽翆生のほうだった。
 ほかの、ほかの誰か相手なら、それが須原や今の頭の上山であっても気にしない。
 けれど鬼塚は、今はもう頭ではなく、恐怖と嫌悪の対象でもなくなってきていてもなお、気安く近づけないものがあった。
 誰もが足踏みしている一線を、超えてしまった男に対する恐怖。
 何かが自分達とは根本的に違うのではないかと、近づけば近づくほど感じずにはいられない気配。
 その鬼塚を平然とどつく男は、怖いもの知らずかただの馬鹿か。どちらにしろ見ているこちらのほうが冷や冷やしっぱなしである。
「だいたいだ、テメエが思いださねえのが悪いんだよこの風鈴頭」
「誰のせいだ誰の。俺だって好きで記憶喪失になったんじゃねえよこのカボチャ頭」
「俺のどこがカボチャだ!?」
「お前がさきに言ったんだろうが!」
 口喧嘩はエスカレートすると比例して低レベルになるらしい。しまいには寝相が悪いとか歯磨き粉を使いすぎだとか、聞いてて情けなるところにまで到達した。
「ああもう、やめてくださいよ二人とも!!」
 ついにつかみ合いになってしまったところでようやく須原の仲裁がはいる。
 ジタバタと暴れる二人をようやく引っぺがして、なんとか離れた椅子に座らせた。
「お前なあ、いっくら記憶がねえからって恐ろしいことすんじゃねえよ」
「恐ろしいこと?」
 離れた椅子に座らされたクロの耳に、懇願の口調で楽翠の一人が囁いた。
「あの人は鬼塚さんだぞ!?四天王の一人の!!今じゃずいぶん丸くなったけど、ちょっと前までのあの人は文字通り鬼のような人だったんだ・・・!!今だって怒らせたらどーなるか、上山さんだってかないっこねえのに!怒らせるようなことをいうんじゃねえよ!!」
「ふーん」
「って全然わかってねえだろおまえ!!」
 だってわかんねえし、と呟いて行儀悪く足を組む。
 記憶が無くても不安にならないのは、思い出せる根拠は無くても確信があるからで、それと同じように鬼塚の怖さをいくら説かれても怖くならないのは、
「だってアイツ、カワイーよ?」
 真顔で言えば、聞えていたらしい周囲の野郎どもまでピキンと固まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・正気?」
 喘ぐような声で問われて、クロは顔をしかめた。
「可愛いじゃねえか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どこがあ!!?」
「なんとなく」
 なんとなくでいうなあ!!と悲鳴のような絶叫が上がった。
 でもやっぱりなんとなく可愛いよなあと思う。本当に困ったやつとかどうしようもない奴とかいうのは、鬼塚のような奴じゃなくて、・・・・・のような。
「・・・・・・思い出せそうなんだけどな・・・」
 喉の辺りで引っかかってるというより、頭のてっぺんまで行ってしまったものが下がってきてくれないような、そんなカンジ。
 あとちょっと、あとちょっと下がってきてくれればなにもかも思い出せる、気がするのに。
 軽く頭を振って、前を見る。須原や上山たちと何か話している鬼塚が、ちょうど真正面にいて。

   ぼんやりと目線を下げれば、がっしりとしたガタイの、胸から腹にかけてが目に写り。



 アバラ・・・・・・・・?























『・・・・・・・・・・っ!!』 






(・・・・・・・・・・・・・・・・・誰かが)


 そう、誰かが。








『なに考えてんだ、・・・っ!!』


 フラッシュバックする映像。







(そうだ、誰かが・・・・・・・・・・・・・・)






『さあな』












『死んだかもな』












(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・金と青と・・・・・・赤?)

   









 血の色。


















「オイ、大丈夫か?顔色ワリーぞ?」
「・・あ?あ、ああ・・・・・・・・・大丈夫・・・」
 今何かを、掴みかけたけれど。
 それはまた記憶の海に帰ってしまったらしい。
「ほんとに平気かよ?顔真っ青だぜ?」
「大丈夫だ・・・・・・」
 額の汗をぬぐって、なんでもないと顔を上げる。そして、また、それを見る。
 生活能力ゼロの、男の胸から腹にかけて。いや・・・・・














『死んだかもな』












(・・・・・・・・・・・・・・・アバラ)
「鬼塚・・・・・・・」
 不意に口をついた声は、小さく届かないかも知れないと思ったけれど。
「なんだよ?」
 離れた場所にたっている男が振り向いてしまったので。
 カタンと、消えていた歯車が一つ、戻った音がした。
「・・・・・・アバラ・・・・・治ったんだな・・・・・・・・・」
 よかったとひどく安堵して息を吐き、ふと首をかしげる。

(アバラ?)

「・・・・アバラ?・・・・俺今、変なこといったよな・・・・・?」
 一瞬掴みかけたものは瞬く間に離散してしまい、男はハテと首をかしげた。
 だが問いに答えはない。
 いつの間にか店中が静まり返っていた。そのうえみんなの顔が赤くなったり青くなったり忙しく変わる。
「・・・・・・・・あああーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「待て須原!」
 叫びかけた須原を制して、鬼塚が言った。
「思い、出したのか?」
「いいや?・・・・・なんとなく、こうふっと思い浮かんだだけなんだけど、心当たりあるのか?」
 聞き返す姿は、それはどう見ても演技ではなく。
 いっそ、嘘だぴょんとか言ってほしかったが、そんな一縷の希望すら砕かれてあちこちから絶望の呻き声があがった。
「心当たりはな、ある・・・・・つうか、俺、おまえ見たことあるぜ・・・・・・・・・・はは・・・・・・思い出した、思い出した・・・・・・・・・・制服着てりゃあ、一発でわかったんだがな・・・・」
 フフフフフ、なーんてこったいとお空を見上げる鬼塚は、ハッキリとやばかった。
 どうしちゃったんだろうコイツ、やばい薬でもやってるんじゃないだろーななんて失礼なことをが浮かんだが、しかし見回せばどの顔も同じようなものである。
「あああああああ」
「終わった・・・・終わったよ・・・・・」
「上山さんのバカー!!」
「いいいいや、落ち着け、落ち着くんだ!奴だって人間だ、話せばわかる!」
「俺はまだ死にたくないよー・・・・」
「グッバイ俺のセイシュン・・・・!グンナイ俺の人生・・・・!!」
「私を森に返してええ!!」
「俺は鳥になるー!!」
 叫ぶ人泣く人祈る人、錯乱する人々。ここだけまるで地獄絵図、本当に薬をキメたってここまでひどくはならない。
 記憶喪失の男は、あっけにとられて聞いた。
「・・・・俺なんか、まずいこといったか・・・・?」
「いいや・・・・・・お前さんは悪うないんや、悪うない・・・・・・・・せやけどなんでよりによって、正道館なんやあ・・・・・・!!」
 ザメザメと泣きだした須原を、とりあえずヨシヨシと慰めて鬼塚を見る。
「セイドウカン・・・・?」
「よりによって、よりによってあいつかよ・・・・・・・」
 なんでか疲れた様子で呟いた鬼塚に目だけで問えば、一言だけの、答えがかえる。


「葛西だ」


 それが全てというように返された答えは、頭よりも先に体を揺さぶった。
 脳髄が、焼ける。








 顔も声も目も指も知らないその人を、この体だけは覚えているのが、笑えた。











 今回で再会するはずだったのに、何故か長くなりました。
 どうもギャグに徹しきれないこの話。次こそは頑張ってお笑い系に徹しよう。

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