落し物 6


 涙と鼻水を垂らしながらついて来ようとする須原たちを何とかなだめて、記憶喪失の男を連れて鬼塚は単身池袋へと赴いた。
 ちょっとドッキドキ。
(ま、いざとなったらコイツを人質に逃げよう!池袋と渋谷の抗争になっても人質がいればこっちのもんだ!クケケ、葛西がいくら強かろうと悪どさで俺にかなう奴はいねぇ!)
 などと物騒なことを鬼塚が考えているとは露知らず、クロはきょろきょろと物珍しそうに見回している。
 今のところ、記憶は戻っていないらしい。
「それでセイドウカンはどこにあるんだ?」
 いっそ無邪気といっていい呆けた顔で尋ねてくる男に、鬼塚はきっぱりと告げた。
「知らん」
「じゃあカサイは?」
「俺が知るか」
「・・・・・役立たずー!!!なんも知らねえのかお前は!!?なにしに来たんだ!?そんなんで池袋まで来てどうするつもりなんだよ!?」
 クロに胸倉を掴まれて叫ばれながら、鬼塚は投げやりに笑った。
「その辺のそれっぽい奴に聞きゃあすぐわかる、わざわざ調べなくってもな。葛西ってのはそういう奴なんだよ」
 だから安心しろといわれて、クロの眉間に皺が寄った。
「それはつまり、悪名高えってことかよ?」
「ほかにあるか?」
「・・・・・そんなんが俺のダチ?」
 なんかやだなーと呟くクロを横目に、鬼塚は内心ため息をついた。
(やだなーはこっちのセリフだ)
 確かに川島のとき以来、わだかまりがなくなってはいる。実際のところ、池袋に来たことにさほど抵抗もない。
 葛西にあうことだって普通にできただろう、隣の男が記憶喪失でさえなければ。
 記憶喪失なんて珍事は、さすがにどう処理すりゃいいのかわからない。
 しかも原因は勘違い。
 葛西はあれでいて仲間思いらしい。やることはエグイくせになんて奴だ。
 あとはもう、クロすけが葛西に名前も覚えられていないような下っ端のほうであることを祈るのみである。
「で、誰に聞きゃあいんだ?」
「そうだな・・・・アイツらなんかどうだ」
 鬼塚が指したのは、いかにもガラ悪くたむろっている集団だった。
「・・・・もうちょっと弱そうな奴のほうがいいんじゃねえか?それか単品のほうが」
「単品じゃ万が一知らなかったときにめんどくせえだろ」
「いざとなったら一人アタマ三人か・・・・」
 まあそのくらいなら何とかなるか、と呟いたクロに鬼塚は爽やかに笑った。
「甘えな。ああいうのに限って仲間がぞろぞろ湧き出てくるんだぞ」
「わかってんならやめとけよ!」
 条件反射的に殴りつけてきた男を無視して、鬼塚は声をかけた。
「なあ、ちょっと聞きてえことがあんだけど」 
 たいがいの場合、こんな聞き方でしかも上から見下ろすのは、イコールケンカを売っているとみなされる。
 例外なく。
「ああ?なんだテメエは」
 地べたにしゃがんでいたほうの一人が、ハッキリとケンカ腰で振り向いたのを見てクロは軽くため息をついた。
「ちょっと教えて欲しいことがあんだよ、どうせ暇なんだろ?」
「ケンカ売ってんのかテメェ。殺すぞ」
「まさか。ちょっと迷子になっちまったから、道を教えてくれっつってるだけだぜ?」
 せせら笑いを浮かべながらそんなことをいう鬼塚に、黒髪の男はいっそう深くため息をついた。
 これはもう、面白がってるとしか思えない。
「ああそーかい、じゃあ教えてやるよ」
 いうなり殴りかかってきた金髪をひょいとよけて、鬼塚は肩をすくめた。
「短気だな」
「よくいうぜ」
 わざととしか思えない。ジト目で見やれば、そ知らぬ振りでかわされた。
 騒ぎを起こしたくないようなことを言って須原たちを置いてきたくせに、これはもう直しようのない天性のものなのか、鬼塚は嬉々としている。
 仕方なく、記憶のない男も、一歩足を前に出す。
「テメエも仲間かあ!!」
「・・・・・・・・・・・待てっ!」
(待て?)
 鬼塚のものでもない、聞き覚えのない制止の声に内心首を傾げつつも、怒鳴りながら殴りかかってきた男の腕をかわして懐に入り、腹に一発ぶち込む。
 記憶は無くとも体は覚えているらしい。ひどく慣れた動作だった。
「てめえ、やりやがったなあ!」
「ぶっ殺す!!」
「止めろっつってんだ、テメエら!!」
 いきり立つ男達を一喝して、奥にいた男が姿を見せた。
 一声で仲間を黙らせる力といい纏う気配といい、明らかに一人、格の違う男だった。
(・・・・あーあ、まずいかなこりゃ)
 顔には出さずに、心の中だけでクロはぼやいた。
 たいした奴はいないと踏んでいたのに、こんなやばそうな奴がいるとは。タイマンでなら勝てるだろうが、仲間を呼ばれれば不利だ。二人しかいない状況では変えようがない。
 そういうことは先にいってくれよと、心の中でぼやいたとき。
「すいませんでした!!」
 目の前に来た男が、いきなり頭を下げた。
(・・・・・・・・・・・・・・・俺?!)
 鬼塚はあっちだぞと、一瞬指差しそうになった。
「ちょっ、なんでこんな奴に!!」 
「そーすよ、こんな奴らすぐに片付けられますよ!!?」
「バカ野郎!わかんねえのか、この人は坂本さんだ!葛西さんの坂本さんだぞ!!」
(オイ、ちょっと待て)
 いきり立つ野郎どもを抑えてくれたのはありがたいが、なんだその修飾語は。
 葛西さんのって、なに。
 納得いかないクロと反対に、今にも殴りかかってきそうだったあちらさんは納得してしまったらしい。
「坂本・・・・・!?」
「正道館の!?」
「葛西の・・・・!!」
(いや、だから、なんで”葛西の”なんだ、なんで) 
 納得いかない記憶喪失男と逆に納得してくれた面々は、とたんにビクビクしだした。
 威勢のいい啖呵を切ったはずの男が、土下座せんばかりの勢いで頭を下げるのを見て、自然顔が引きつる。
(・・・・・葛西ってのは、どんな奴なんだよ・・・)
 名前が出ただけで怯えるような、よっぽどあくどい奴なのか。そんなのが自分のダチで、しかも鬼塚のアバラを折ったらしいと考えると、なんだか未来が暗くなってきた。
「それで、聞きたいことってのは・・・・?」
「あ、ああ。えーと・・・」
 さすがに記憶が無いんですとはいえない。
 なんといっていいのかわからずに、言葉を濁すと、代わりに隣の男が口を開いた。
「葛西がどこにいるかしらねえか?ああ、わかんねえなら、正道館の奴がよくいる場所でもいいんだけどよ」 
 軽い口調で鬼塚は聞いたが、男の目に不審の色が浮かぶのはどうしようもなかった。
 目の前に、正道館の”坂本”がいるのだ。そんなことを聞かれて不審に思わないほうがおかしい。
 それでも疑問を口にしない辺り、出来た男だった。
 さてどういおうかと、考え。

 そうして不意に、いつの間にか肌に染み込んでいた空気が、血管の中で笑った。
 血が沸騰する熱に、閉じ込められた箱が溶け出す。

「悪ィけど、教えてくれねえか?」
 気がつけば、鬼塚が何か言うより先に、声を出していた。
 低く静かな声。
 それはここの空気にしっくりとなじむ。
 池袋。
 ここは確かに、自分の場所なのだと、今更ながらに気づいて微かに笑った。
 不審の色を隠さず見上げてくる目に、もう一度応えた。
「理由が必要なら後で話す」
 その声に、男は首を振っていった。
「葛西さんがどこにいるかはわかりませんけど・・・」
 正道館の奴がよく使う店ならと、地図を描いてくれた男に礼をいって、その場を去る。


 背に注がれる視線がやけに懐かしく、懐かしいと感じる自分がおかしかった。


 ここを何年も離れていたわけでもないのに、寂しさを、感じていたのだろうかこの心は。









「思い出したのか?」
「いんや、全く。けど・・・・」
 空を見上げて、また笑う。
「俺がここの奴だってことは、本当らしい」
「んなこたあ、最初からわかってる」
 憮然とした声にまた笑って、いった。
「坂本かー、いい名前だな」
「そうだな、日本のよくある名前ベスト50には入ってそうな名前だな」
「ケンカ売ってる?鬼塚君」
「お、ここだ」
 地図が示したのは、そこそこ大きめの喫茶店だった。
「おまえ先入れよ」
「バカ野郎、真打ちは後から登場って決まってんだ」
「なんでお前が真打ちなんだよ!」
 などと言い争っているうちに、押しつ押されつ喫茶店の中に転がり込んだ。
 派手な音を立てて入ってきた姿に、視線が集まり。
「坂本!?」
「坂本さん!?」
「坂本!!」
 呼ぶ声と、声と、声と、声。
 その中からなにか探し出そうとして、飛び込んできた声に。
 思わず耳を押さえた。
「坂本!」
 その声の主を探すまでもなく駆け寄ってきた姿を、自然に認めた。
 これがきっと葛西だ。
 飛び込んできた声は、安堵より懐かしさより親しみより恐怖を与え、その怖さに思わず耳を押さえたというのに。
 その姿を、迷いも無く受け入れている自分が不思議だった。
「このバカ!!どこいってたんだ、テメェは!!ふらっといなくなるんじゃねえよ!三歳のガキじゃあるめェし、連絡するぐれえの脳はねえのか、この大馬鹿!!」
 寄ってくるなり浴びせられた罵詈雑言に、せっかく掴みかけた感覚は消えうせた。
 胸倉をつかまれ無理やり引っ張り上げられて、代わりに浮かんできたのは額に青筋が二本。
「バカバカ言うんじゃねえよ!何なんだテメエは!葛西だかなんだかしらねえが、初対面の相手にいきなり言うことがそれか!!この礼儀知らず!」
「・・・・・・・・・・は?・・・・・初対面?」
「俺にとっちゃ初対面だ」
「・・・・・・・・・寝ぼけてんのかおまえ?頭でも打ったか?」
「打ったんだ」
 いまだ座り込んでいた鬼塚がボソッと言うと、坂本も頷いた。
 そして困ったように頬を引っかきながらいった。
「記憶がねえんだ、俺」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ?」
「だから、記憶喪失。なんも思い出せねんだよ」
 のほほんとそういった坂本を、十秒近く凝視して、ようやくその単語が脳にまで伝達された葛西は。


 その直後に、坂本の後頭部をどついた。


「ってえ!!何しやがる!俺を殺す気か!?」
「おおよ!この大馬鹿大アホ大マヌケ!!いっぺん死んでこいおまえは!!」
 勃発した誰にも止められない取っ組み合いのケンカが、ようやく収まったのは、それからゆうに十分は過ぎてから店に入ってきたリンたちの姿を見た坂本が、
「・・・・・リン!リンだ!リンだよな!?」
 と、嬉しそうに叫んだときだった。
「坂本ォ!?おまえ、どこ行ってたんだよ。探したんだぞ」
「リンだー。よかった、思い出せて」
「ちょっと待て!思い出したのか!?」
 嬉しそうにリンに駆け寄ろうとした坂本の首根っこを掴んで、引き寄せて問いただした葛西に、坂本は嬉しそうに頷いた。
「リンは思い出した」
「リン以外は!?」
 少しだけすまなそうな顔で、坂本は首を横に振った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もういっぺん、頭打ちつけりゃあ・・・・・・・・・」
 震える声で呟いた葛西に、坂本はギョッとして後ずさった。
 葛西の目がマジだ。
「打ち付けたら死ぬって!」
「ヤバイっすよ葛西さん!!」
「落ち着け!ショック療法は逆効果になったりするんだぞ!!」
「そうそう!そのうち自然に思い出しますよ!!ね、坂本さん!」
 ショック療法など試されてはたまらないので、坂本はおとなしく頷いた。


 とりあえず、再会は最悪。










 やっと再会しました。長かったなー、ほとんど六話分会わなかった。
 途中で鬼塚に浮気しそうになったんですが、やっぱり葛西ですよ!葛西はいいわ、やっぱり。
 この話を描く途中で葛西の出てくる辺りを読み直したら、実に素晴らしい鬼畜ぶりの葛西にやられました。
 もう何度も読んでるんですけど、でも何度読んでもやられるというか。かなり葛西を鬼畜に書いてる時とか、「ちょっとやりすぎだよなあ、こんなにひどくないよなあ」と思ったりするんですが、それで原作を読み返してみると。
 原作のほうが鬼畜だ・・・!といつも思わせてくれる葛西。大好きだー!!
 極悪度でいったら鬼塚も改心前はかなりひどいんですが、鬼塚の鬼畜ぶりは付け入る隙がないというか。極悪非道を極めていてまさに鬼・悪魔。良心の付け入る隙がないのはある種立派。
 葛西は鬼畜なんだけど弱よわで、そこがやっぱときめくんですよ!(笑)

 

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