爪先 1
「・・・で、結果が」
夕日の差し込む部屋の中、でかい図体の男が四人集まっていた。
一人は気まずそうに、一人は楽しそうに、一人は困った顔で、最後の一人は怒りに震えながら。
「西島はセーフで、葛西が四つ、リンは八つ・・・・・!!」
「まあ、落ち着けよ坂本」
「落ち着けるか!!!」
ダンッと木製のテーブルを叩いて坂本は叫んだ。
「おまえら俺があれだけ山かけてやって、散々勉強しろっつって・・・・!それでどうしてこんな点になるんだ!!」
「そんな怒るなよ」
暢気なあいの手を入れた男を、坂本はきっと睨みつけて怒鳴った。
「お前が一番やばいんだぞリン!十科目中八科目赤点で、赤じゃなかったのは保健と家庭科だけじゃねえか!!」
「二つも赤じゃなかったんだから、俺にすりゃ上出来なんだよ」
「記号がまぐれで当たっただけだろ!!」
バンバンとテーブルをたたくと、自分の手のほうがジンジンしてきてなんだか泣けてくる。
夕日のためだけでなく、怒りのあまり坂本の顔は真っ赤だ。
テーブルの上にはどれもひどい点数の答案用紙が散らばっている。
「落ち着けって、坂本。とっちまったもんはしょーがねーだろ」
のんきに茶をすすっていた葛西が宥めるが、火に油を注いだ結果となった。
「お前がいうなあ!なんで赤が四つもあるんだ!やっても出来ねえリンはともかく、お前はやりゃあ出来んだろうが!!」
「今さり気にひでえこといわなかったか!?」
リンが敏感に反応したが、坂本は聞いちゃいなかった。
「おまえら自分がどれだけ崖っぷちにいるかわかってんのか!?今度の追試で落としたら留年決定なんだぞ!」
「わかってるよ」
「嘘つけ!素行も出席も悪くて、このうえテストが悪かったら進級できないんだぞ!もう一年やるかお前ら!!俺の後輩になりたいか!?」
ぜーハーと息を切らせて叫ぶと、さすがに静かになった部屋の中で、坂本は抑えて呟いた。
「勉強だ」
追試まであと三日。それまでになんとしても、この二人の脳みそに単語と記号と文法と計算式を叩き込む。
「あと三日。死んでもいいから休まず勉強しろ」
迫力におされて、関係ない西島までうなずいた。
「じゃあ、俺とリン、西島と葛西で組んでやるから」
ここは一応リンの家なのだが、坂本は有無を言わせず命令した。
葛西はいい。理解力はずば抜けているし、やれば出来るのにどうせまためんどくさがってやらなかっただけだ。
問題はもう一人の崖っぷち。八科目をクリアするのはさすがに厳しい。
つきっきりでとにかく暗記させるしかないと、覚悟を決めていた。
「さ、坂本、俺は西島のほうがいいなあ、なんて・・・・」
「なに言ってんだ。お前が一番やばいんだぞ」
ちなみにこの中で一番賢いのは坂本である。
しかしリンは嫌がった。恐いからだ。
たとえ留年がかかっていたとしても、横から突き刺さる視線のほうが恐い。暗い目の色で、葛西がじっと見ている。留年より、命がおしい。
「馬鹿言ってないで、さっさと教科書を出せ」
今日の坂本は本気で怒っている。それはそれで恐い。
突き刺さる視線を感じながらも、泣く泣くリンは従った。
「それでここに、エックスを代入して・・・・おい、きいてんのか」
「お、おう・・・・」
一応うなずいたものの、リンは数学どころではなかった。
少し離れたところで西島と向かい合って座っている金髪の視線が、ざくざくと突き刺さっている。
このままでは留年は免れても東京湾に浮くかもしれない。
「なあ、坂本・・・」
リンは声を潜めていった。
「西島と交代してやれよ。あいつだって可哀想じゃねえか、アレのせいで」
「バカを甘やかすな」
「俺も命がおしいの!」
小さく叫ばれて、坂本も押し黙った。
こっそりと横目で伺えば、全くやる気のない顔でシャーペンをぶらぶらさせているのが嫌でも目に入る。
教える西島のほうが汗だくになっているのを見て、はあとため息をつくと視線を感じたのか、葛西がこちらを向く。
そしてシャーペンを持っている指先を、上下に動かした。
オイデオイデ。
猫の子にするのと同じ動きを唖然と五秒くらい見つめてしまってから、きっぱりと坂本は無視った。
「おい・・・なんかやってるぞ・・・・・」
「無視しろ。それよりこの問3は・・・・」
「もいいだろ、交替してやれよ!アレは、お前が行かなけりゃ絶対勉強なんかしねえぞ」
「俺が行くとなおさらしねえんだよ」
ふかぶかとため息をつく。
前の追試も、その前も、教えてくれとは言うくせにいざとなるとちっとも真面目にやりゃしない。
「この前なんか寝ながら覚えるとか言い出して、人の膝を枕代わりにしやがったんだぞ!重いしくすぐってえし、俺、もものあたり駄目なんだよマジで。なのにちっともどきやしねえ!!」
思い出して怒りが込み上げてきたらしい。拳がぶるぶる震えている。
「本当にくすぐったくて死ぬかと思ったんだ。俺はもう二度とあいつに勉強を教えたりしねえ!!」
「・・・・ああそう・・・・それはそれは・・・・・・・」
坂本は論点が微妙にずれている。気にするのはそこじゃないんじゃねえかなと、リンは遠い目で思った。
「膝枕は男の夢だけどなあ・・・・」
「あん?なんだよ?」
「いや、こっちの話」
しかしいくら膝枕が男の夢だろうと、あくまでもそれは相手が女の場合に限る。
なんとなくテーブルの下の坂本の足に目をやっても、ちっとも目の保養にならない男の足があるだけだ。
(俺ならゼッテエ美人のねーちゃんがいいけどなあ・・・)
けど世の中は恐ろしいもので、坂本に膝枕されたい男なんて正道館にはうじゃうじゃいる。この一見不良に見えない黒髪の友人は、やたらめった男うけするタイプだった。
いったいどこがいいんだろう。やはり仲間にはとことん甘いところか。それとも敵と判断すると容赦のないところか。
「・・・・なんだよ?俺を見てても問題は解けねえぞ」
「あ?・・・あ、ああ、わりい」
気づかないうちに、坂本を凝視していたらしい。ヤバイヤバイと思って、教科書に目を落とした瞬間。
背筋が凍った。
体温が一気に下がるほどの悪寒が走り抜ける。本能が生命にかかわる危機を感じて、心臓がわしづかみにされた。
見れない。
見なくてもわかる。
恐ろしくて顔を動かすことも出来ず、凍りついた。
恐怖のあまり動けないが、それでもはっきりとわかる。
葛西だ。葛西がマジで人を殺しかねない、いやすでに二、三人は殺った目で見ている。
殺られる。このままでは本当に殺されてしまう!こんなバカップルの痴話げんかに巻き込まれて、可愛い彼女も出来ないままあの世に逝ってしまう・・・・!!
リンは必死で、それこそ火事場の馬鹿力で声を絞り出していった。
「坂本!替われ、今すぐ替わってくれ頼むから!!!」
目に涙を浮かべて声は般若で頼まれて、その勢いに思わず頷きそうになったが、坂本はこらえた。
「西島じゃあ山はかけらんねえぞ。留年してもいいのかよ」
その言葉にほんの一瞬心が揺らいだが、それは横からのプレッシャーにあっさりと消された。
リンはもはや半泣きで叫んだ。
「いい。いいから・・・!この際留年しようが退学になろうが、彼女も出来ずに閻魔大王に会うよりはましだ・・・!!」
「はあ?」
なんだそりゃ、と突っ込みたかったけれどリンの顔があまりに必死なので、坂本は諦めとともに頷いた。
どうせ、あの馬鹿がまた何かやったに決まっているのだ。
わかってはいるのだけれど。
赤点を四つも取った男は、前に座った自分に本当に嬉しそうに笑いやがるから。
「坂本」
「なんだよ、さっさと教科書を開け。仕方なく、教えてやるから」
「手取り足取り?」
放置されていた辞書をすばやく持ち上げて、角で殴ってやろうとしたが手首を掴まれて失敗した。
「さすがにこれは痛いだろ」
「いっぺん死んでこい」
それでも笑っていやがるあたり、たいがい俺も舐められているかもしれない。
それでも笑顔が心地よいあたり、俺もたいがいバカだと思う。
コンセプトはキれる坂本壊れ葛西・・・・ではないです(汗)
ラブラブを目指していて、結構最後はラブラブになったと思うのです(笑)
たぶん2でおわり。次は葛西サイドで書こうかなあと思っています。
高校生って、ネタがいっぱいあっていいですよね。文化祭とか修学旅行とかもそのうちやってみたいです(笑)
とりあえず次は砂吐く甘さを目指します。ここのところシリアスばかり書いていたので、久しぶりにラブラブを書いたら、やっぱり書きやすいです。どちらも楽しいのは同じなんですが、シリアスは石を削るよーにして書くから(意味不明)ラブラブは熱で。
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