春 3
「なんなのかねえ、アレは」
ゴールポストに寄りかかって、草薙は目をすがめた。
今は一応、練習の合間の休憩時間であるから、サボっているわけではない。草薙だって練習はちゃんとするのだ、これでも。
「アレって?」
明らかに面白がっている口調で、岩上が聞いた。
「見ればわかるだろ、見れば」
こちらは明らかに不機嫌な口調で、それでも視線はさっきから一点を見つめている。
休憩に入った新入部員、といってもまだ仮入部だが、の群れから明らかに外れて休んでいる人影。
神谷だった。
「アレは絶対通知表の連絡欄に『協調性をもっと養いましょうね』とかかかれてたクチだな」
「それはお前だろ」
「俺はいいの、俺は。問題はあっち」
理不尽なことをあっさりと言い切って、草薙はようやく視線をそこから外した。
「あれじゃ駄目だな・・・・いっそ小学生からやり直したほうがいいんじゃねえの?」
「お前にいわれるようじゃおしまいだな」
「笑いごとじゃねえよ、順司。あれじゃ駄目だ。どんなにうまくてもあれじゃ潰れる」
不機嫌な声がそういいきると、岩上も微かな笑いを消した。
真っ直ぐに見つめれば、あいかわらず一人で立つ姿が見える。
「確かにな・・・・・俺としては神谷が一人を好もうが、他人を嫌おうが、プレイ中でなければかまわないんだが、プレイ中もそれでは困るな」
口調は軽かったけれど、目には酷薄な光が浮かんでいた。
草薙にも岩上の言わんとすることはわかっている。そしてこの、”サッカー馬鹿”な幼馴染が、このままでは神谷を切り捨てることも。
『どれほどの技術があっても、あんなプレイしか出来ない選手なら必要ない』、このままではそう遠くない未来に、岩上はそう言う。それはよく、わかっていた。
その冷酷に似たところが、草薙は好きだった。いや今も、好きではある。
ただ今回は、何故か、それを思うと苦しくなるのだ。一人でいる神谷を見ると苛つくのに、それでも神谷を切り捨てる岩上は見たくない。
まるで、らしくない。
いままでどんな玩具も、となりに立つ幼馴染に勝ったことはないのだが。
なんだかんだいって、この隣の冷徹な男以上に面白い人間などいなかった。今までずっと。
それが、一体なんなのか、あの目つきの悪い子供がやけに眼について。
いっそ目障りだと、今までのように切り捨てられればいいのだが、なぜか目障りじゃあないのだ。
見てて、楽しい。
「なんなのかねえ・・・・」
我ながららしく無さ過ぎて、困るくらいに。
神谷篤司は、草薙の視界をウロチョロしていた。
「テストまでに、変われるかどうかだな」
呟いた岩上に、草薙はうろんげな目を向ける。
テストというのは、毎年行われる一種の実力検査だった。
帝光サッカー部に年功序列という言葉はない。実力が全てだ。そうでなければ全国では勝ち残れない。
努力しだいで上に上がることも反対に下がることもあるが、そのテストによってとりあえず何軍に入るかが決まるのだ。
岩上も草薙も自分の心配はしていない。自信実力もさることながら、二人とも神経はザイル並だった。
もちろん今から緊張している部員もいる。なんてったって、テストまであと一週間ない。
「変わるにしちゃあ、ずいぶん短期間だと思いません、岩上さん?」
「難しいところですねー」
「つか無理だろ。もう少し長い目で見てやれば?」
憮然とした顔で神谷を見つめる草薙の横顔を、岩上は驚いたように見た。
「お前がそう言うとはな・・・・・珍しいこともあるな。そんなに気に入っているなら、何とか力になってやったらどうだ」
冗談めかしつつも本気で言ったのだが、草薙の顔はいっそう苦くなった。
「いやだね」
憮然として答えた草薙に、サッカー部のエースは思わず自分の目を疑った。
(ああ本当に今日は珍しいことが起こる日だな、仏滅か大安か?)
岩上が心の中でそう呟くのも無理はない。
本当に珍しい、あの草薙が拗ねている。
拗ねていることも珍しいが、それを表に出すことはもっと珍しい。
たぶん自覚はないのだろうが、そこがますます珍しい。
草薙は弱みを見せない男だった。
そしてそれ以上に、弱みを持たない人間だった。
岩上とは違った意味で、激情がない。
そんな男が、拗ねている。
思い当たる原因など一つしかない。神谷が構ってくれないからだ。
いや、構ってくれないというと語弊があるかもしれないが、草薙が構おうとすると一切を拒むのだ。礼儀知らずな男ではないから、先輩として用を言ったり指導をしたりするのなら、返事も挨拶もするが、草薙の無駄口には一切応えなかった。
そのうちに三日もせず草薙が構うのをやめたので、飽きたのかと思っていたら、まさか。
(拗ねてただけか・・・・)
いい歳して、とは思わない。
実に人間らしくて、よい傾向だなと感心した。
・・・・・・・・面白がっているのは、否定しない。
神谷はこのままでは、一軍には残れてもスタメンにはなれない、そういう選手だけれど。
とりあえず、先が全く見えないあたりは、楽しみな後輩となった。
一人たたずんでいる姿に視線を投げて、声には出さず呟く。
(どんな未来を描いているか知らないが、一寸先は闇だぞ、神谷・・・・)
京悟が絡んで、先が見えたためしはないのだから。
今神谷自身が描いているとおりにならないことだけは、断言してもよかった。
踏み出した先に、極彩色の巨大鶏が立っていたって、驚いちゃいけない。
書いててツッコミたくなることはありませんか?
私は多々あります。自分で書いててツッコミたくなるの。ありえねえよ、とかではなくて、キャラにつっこみたい。特に京悟。
彼の精神イメージは、ねじくれすぎてワケわかんなくなってるほど歪んでます。そのせいか、書きながら何度、「おまえそれ恋だよ!」とか「だから惚れてんだろ!?」とか「認めろよ恋だって!!」とか「アンタが神谷を見てんだよ!!」とか何度つっこみたくなったことか。
でもあっさり認めたら京悟じゃない、それじゃ久保だ!とわかっちゃいるんですが。
わかっちゃいるけどつっこみたい!!
ちなみに久保の精神イメージはメビウスの輪です。うまく説明できないけど、あんなカンジで。
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