とてもとてもすきで、だいすきで、だから。




最後の向日葵




 使えるものは親でも使え、だっけ?そんな言葉があった気がする。
 考えたのは誰だか知らないけれど、それはきっと目の前の男のように偉そうな奴だったんだろう。周りの苦労が目に見えるようだよ。

「それで、高村物産のほうは?」
「新規契約結びそうだったよ。あそこの部長かなり金もらってたから」
 賄賂で乗り換えられるなんて、部外者の俺でさえ不愉快になる話だってのに、男は平然としている。
「そうか」
 これはあれだな、見かけも老けてるけど中身もジジイなわけだ、納得。
「って、それだけかい!?ちょっっとは労わったらどーなのさ!俺はなあ、何もあんたのパシリをやるためにふらふらしてるわけじゃないんですけど!!第一、こんなやり方で他会社の内部事情を探るなんて、やり方汚すぎだろ!!!」
「いろいろ反論はあるがな、久保」
 男は俺の正当な抗議に、うっとおしげな態度を返してきたあげく言った。

「嫌ならさっさと成仏したらどうだ?」
 殴りたくてもすり抜けるだけなんて、幽霊ってほんと不便だ。



 非常に腹立たしい男の部屋を抜け出して、くるくると空に上がる。
 死にたくなかったのに死んでしまった俺は、今では立派な浮遊霊だ。俺的には守護霊希望なのだが、あのジジイに言ったら鼻で笑われた。ええ、どーせなんの力もありませんよ。
 ジジイ、といってもまだ25だが、見かけは誰が見ても30を越えてる。といっても加納さんじゃないよ?
 元帝光の、岩上さんだ。三年前に故障して、すっぱりとサッカーから身をひいた。んで会社を興して、俺をこき使う。幽霊の俺に使い道があるのかって?あるんですよ奥さん、ライバル社の新規プロジェクトを探ったり取引先の内部事情を調べたりと、見えないのをいいことにやりたい放題。
 いっておくけど俺はやりたくてやってるわけじゃない。俺を保つためにどうしても見える人が必要で、見える唯一の人が幽霊さえこき使う男だっただけだ。

 8年前、俺は死んでしまった。けどあっちへはいけなかった。神谷が呼んだからだ。あんな必死な声で呼ばれてどうしても俺は、ここを離れられなかった。
 でも神谷には俺が見えない。神谷だけじゃなくて、母さんにも父さんにも誰にも俺は見えなかった。誰にも見られず誰とも話せずいるのって、結構きついよ?幽霊仲間でもいればよかったけど、あいにくみんなおかしくなっちゃっててさあ。参ったよ、アハハ。
 ってまあ笑い事じゃないんだけど、俺もこのままじゃああなるんだってわかってたから、必死で誰かを探して、探して探して探して見つからず疲れ果ててたときだった、岩上さんと目があったのは。
 バッチリ目が合ってお互いに見えてることがわかって本当なら感動のシーンだったんだけど、俺は思わず固まったね、あまりの気まずさに。だって相手は、そのときはまだ誰だか知らなかったんだけど、その、なんだ、よろしくやってる真っ最中だったんだよ!下で女の人が喘いでる状態だったんだ、わかるだろ!?その時の気まずさといったら!
 誓って言うけど俺はデバガメしてたんじゃない。ふらふらとその部屋を通り抜けようとしただけだ。けどここで目が合ったが百年目、死んでも離すもんかと、いや死んでたんだけど、俺はその場を動かなかった。じーっと動かなかったんだ!なのに!!
 驚いた顔でこっちを見たかと思ったら、そのまま何事もなかったのようにヤリはじめやがったんだよ!信じられる!?俺が見てんだよ!?いくら女の人には見えないからって、普通やるか!?
 結局根負けしたのは俺のほうだった。見てられるかっつの。

 まあ、そんな最悪の出会いで今も嫌なカンジの付き合いが続いてる。使えるものは何でも使えな岩上さんは俺にスパイの真似事をやらせるが、はっきりいって今はそんなことをしてる場合じゃないんだよ。
 神谷が大変なんだから。

 空の旅を終えて俺は白い建物に入る。病院だ。
 ここにはいっぱい俺のお仲間らしき奴がいるが、どれもはっきり形を持ってない。見える男にいわせると、俺みたいにはっきりしてるほうが珍しいらしい。これも愛の成せる技だよね。
 神谷篤司とかかれたネームプレートの前で俺は一度立ち止まり、それからそっと中に入る。といっても壁抜けだけど。
「げ」
 思わず声が出てしまった。聞えないからいいけど、またいるよコイツ。
「なあ神谷。話してくれないか?なにがあっても俺はお前の力になるよ、約束する、だから」
 神谷は答えない。黙って、外のほうを見ている。
「何をそんなに焦ってる?おまえはまだまだこれからだ。今多少体を休めたって、まだ十分に時間はあるんだ」
 この人は大嫌いだけど、俺も同感だよ神谷。まだまだお前はこれからじゃないか。
「・・・・・・・帰ってくれませんか、斉木さん。俺はもう決めたんです。誰の忠告も聞くつもりはありませんから」
「神谷駄目だって!無理しちゃ駄目だよ!!」
 思わず俺は叫んでた。聞えるはずもなくて、神谷の顔はやけに静かだ。
 俺はそれが怖い。
「お前がそんなじゃ久保だって安心できないだろ?久保の分も頑張ってるのは知ってる、けどお前が無理をして久保が喜ぶと思うか?」
「あんたが久保を語るなっ!!」
 神谷は唐突に激昂した。出て行けと叫ぶ声に看護婦さんがやってきて、斉木を締め出してくれた。
 それでも神谷は、荒い息で中を睨んでる。



「ねえ、神谷。俺はサッカーが好きだよ」
 聞えてない、わかってる。
 それでもいいんだ。
「サッカーをしてるお前を見るのが好きだ。でもさ、でも、幸せなお前が見たいんだ」
 幽霊の俺の声が聞えないのは仕方ないとしても、神谷は生きている人の声も聞こうとしない。ちゃんと聞かなきゃ、いつか誰にも話しかけられなくなってからじゃ遅いんだよって俺は実感を込めて言えるけど、それはやっぱり俺にいえたことじゃない。
 外を見つめつづける神谷の頬に触れる。これ以上力を込めたらすり抜けてしまう、ギリギリのところで頬に触れる。
 だけど、温もりは感じない。
 神谷も俺も、こんなに欲しがってるのにね。

「それでねー岩上さんがまた俺をこき使うんだよ。あの人絶対サドっ気があるね、しかもジジイだし。だからいまだに結婚できないんだよ。神谷はあんなふうになっちゃ駄目だからね!?ゆっくり膝を直して、若いんだからすぐよくなるよ!!」
 ここでもし、神谷がわずかでもこちらを振り向いてくれたら、それで十分報われるけど。
「だからさ神谷。無理しないで、医者のいうことちゃんと聞いてね。いいじゃないか半年くらい休んだって!一年になるかもっていってたけど。でも無理して走れなくなるよりずっといいだろ?」
 神谷は振り向かない。当然だ。
 それでも毎日俺は話し掛ける。ゆっくりと、それでいて明るく。
 神谷は振り向かないしなんの反応もしない。はたからみればひどくこっけいな一人芝居だ。一人でこのテンションを保つのはかなりしんどい。
 だけど、誰も俺を嘲えるものか。
 どれだけしんどくたって俺は話しかけることをやめない、そう決めてるんだ。
 神谷が俺をここに繋ぐ。



「じゃあ神谷、またくるね〜」
 いって俺はまたふらふらと空に戻る。
 赤く染まった太陽が目にまぶしい。一度岩上さんのとこに戻って、それからまたここに来よう。
 もどるって?ああ、別に岩上さんと暮らしてるわけじゃないよ、あはは、誰があんなジジイと。
 いってみればウルトラマンのエネルギーチャージだね。ほら、あの人しか俺を見れないし話せないだろ?誰とも話さずいると俺の精神がヤバイんだよね、自分が正気かわかんなくなっちゃって。やっぱり体がないってつらいから幽霊はお勧めできないよ。
「そんなことをわざわざ言うためにこの忙しい中人の邪魔をしに来たのか久保」
 うわ、ワンブレス。そういやここのところ徹夜続きだっていってたっけ。あーあ、目がつり上がっちゃってるよ、ただでさえお肌が荒れ気味なのにあの表情はよくないねえ。
「邪魔だなんてまさか。今忙しいことを忘れてただけだよ」
「お前のその胡散臭い笑顔に時折り殺意を感じる俺は、やはり人がいいんだろうな・・・」
「あはは、なに寝ぼけてんの?」
「邪魔しか出来ない浮遊霊はカラスと遊んで来い。俺は忙しいんだ」
 うーん憎たらしい。なんで人を呪い殺すくらいの力が俺にはないんだろう・・・
 やっぱり生前の行いが良すぎたんだね。貞子のような力があったら真っ先に・・・・ああ、岩上さんより呪いたい人がいたっけ。
 斉木さん、あの人どーにかなんないのかなあ。俺が死んだ隙に神谷に近づくなんて、チョーさいあくー、嘉晴信じらんなーい。なんてコギャルのまねをしてる場合じゃないんだよ。
「岩上さん、いま暇?」
「無理やり魂消したあげくカラスの餌にするくらいわけないんだぞ、この慢性痴呆の浮遊霊が。俺が95時間寝てないことをゆっくり思い出してから顔を洗って出直せ」
 笑顔が引きつってるなージジイは気が短くってやだやだ。だいたい95時間ってなに、計ってんの?うわ、細かいね岩上さん。
「斉木さんがウザイんだよね。あの人だけ神谷の病室立ち入り禁止に出来ない?」
「・・・・・・・」
「毎日来るなんてあの人がクビになって路頭に迷うのはいい気味だけどさ、毎回神谷を怒らせるのはやめて欲しいんだよね」
「・・・・」
「安静第一だってまるでわかってないよなあ、あの人」
「・・・・・・・・・・・・・・・・嫌なら神谷が自分でそうするだろう」
 とうとう諦めたらしく、岩上さんがペンを放り投げてこっちを向いた。ちょっと、こっちに向けて煙草吸わないでくれる?
 俺の体を煙が突き抜けるのってすげえやなカンジなんだから。
「アイツだってもう24だ。俺が口出しできる歳じゃない」
「じゃあ俺の生前の遺言とか適当にでっち上げて」
「久保・・・・・斉木は良い奴だぞ?」
「神谷は嫌がってるけどね」
 俺の言葉に岩上さんが深々とため息をついた。なに、なんなのその顔。
 言っとくけど俺は何を間違えたって、神谷の心だけは間違ったことないんだよ。
 神谷が、俺を繋いでる。


 俺を求めてるんだから。













 初の久保一人称。

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