それが嘘で塗り固められた、虚像だったとしても。




最後の向日葵 2





 俺は日課となり通い慣れた道を歩く。真白い壁と見慣れたモノたち、プラス今日は幽霊を顎で使うジジイがいる。
 仕事が一段楽したのを見計らって、俺が引っ張り出したんだよ。いくら外見年齢30過ぎだとしても、お日様の光を浴びないといっそう老けちゃうだろ?ああなんて親切なんだろう、俺。神谷が見ればきっと惚れ直すのに、見えないのが残念だよ。
 まあ岩上さんの外見年齢はどうでもいい口実なんだけど、神谷に会わせたくて引っ張り出したんだ。
 もともと神谷は年上とか目上の人に弱いし、岩上さん自身怪我で引退した人だからさ、神谷もきっと聞いてくれると思うんだよね!たとえ岩上さんが徹夜続きだろうと過労死寸前だろうと、使えるものは何でも使えって昔の人もいってたし。
 斉木さんなんかが毎日きたって寒いだけだけど、このままじゃいけないのは確かだ。今は監督さんの命令で入院してるけど、医者が進めている休養は頑として跳ね除けている。
 なんでだよう神谷、膝は大事にしなきゃ駄目だろ。今ちょっとくらい休んだってすぐ取り返せるのに。なんで。
 やっぱり俺のせいかな?
 それとも俺の為?
「神谷、入るぞ」
 返事も待たずに岩上さんはさっさと病室に入ってしまう。これで神谷が着替え中だったりしたら岩上さんを呪おう。
「岩上さん・・・・・・・」
 神谷が目をまんまるにしてる。可愛いなあ。
 神谷のベリーキュティーな様子に岩上さんも少し微笑った。さすが俺の神谷。
「久しぶりだな」
「いいんですか!?俺のとこなんか来て。凄く忙しいって聞きましたけど」
「たいした事はない。俺よりおまえのほうが大変だろう。どうなんだ、膝は?」
「大丈夫ですよ」
 嘘つき。
 どうしてお前は。
 この笑顔が曲者なんだ。辛ければ辛いほど笑おうとするから。
「お前の大丈夫はアテにならないな。半年か一年療養するように勧められてるそうじゃないか」
 神谷が目を逸らして笑う。あの顔はこの後斉木さんをとっちめようって顔だね。でも違うんだな、お前のことを話したのは斉木さんじゃなくて俺だよん。
 ここにくるまで俺が知ってる限り岩上さんに話したからね。この人の悪知恵だけは信頼してるから、きっとうまく神谷を説得してくれるはずだ。しなかったら呪う。
「・・・・・・・参ったな。そうじゃないかとは思ってたが」
「岩上さん?」
「いろいろ考えてきたんだが。・・・・おまえは全部わかってそうで、俺が繰り返しても無意味な気がする」
 ちょっと、なに言い出すんだアンタ。
 一人でわかったような事言ってたって、神谷が困るじゃないか・・・・・・・・あれ?
 なんで苦笑してるのさ、神谷。
「どうせ斉木辺りが毎日繰り返してるだろうし、そうじゃないことも神谷自身が毎日繰り返してそうだ。参ったな、言うことが大幅に減ってしまった」
「何も言わないでくれると嬉しいんですけど。岩上さんが見舞いにきてくれただけで十分ですよ?」
 ああ、お世辞が言えるようになったんだね。
「そうだな。俺もそのほうが良いような気もするんだが、一つだけ保証が欲しくないか?」
「保証?」
 怪訝な顔をする神谷と同じく、俺もまた顔をしかめた。
 何を言う気だ、コイツ。
 この男がこんなふうに薄く笑うときに、いいことがあったためしがない。
「お前が久保の分を背負う必要はないという保証だ」
「なにいってんだアンタ!」
 俺は思わず叫んでた。神谷の顔がこわばったのがわかる。ごめん、ごめん神谷。
 連れて来るんじゃなかった。
 お前にとって俺の名前がどういうものかわかってると思ったのに、なに考えてるんだ。
「俺がサッカーを出来なくなったとき、憎かったし悔しかった。潔くなんていわれてるが、本当は泣き叫んで現実から逃げたかった。そんなことをしても仕方ないんだと先にわかってしまう性格が、あの時は恨めしかったな」
 それは、初めて聞く話だった。
 病室に岩上さんの声だけが緩やかに響く。
「だがそれでも、誰かに俺のサッカーを継いで欲しいとも代わって欲しいとも全く思わなかった。俺のサッカーは俺だけのものだ。俺にとって何より大事なものをどうしてほかの奴に渡さなきゃいけない?俺がもう走れないなら、そこで俺のサッカーも終わる。誰かが、俺の代わりにプレーするなんてぬかしたら、ふざけるなといってやる。神谷」
 神谷が放心したように、岩上さんの言葉を聞いている。
 不思議だ。
 なんでこんなに、俺は、なんなんだこの感じ・・・・気持ち悪い・・・・・・これは・・・・
 恐怖?
「お前が焦るのも無理をするのも、久保の分も走ろうとするからだろう?二人分の人生を背負っていれば確かに、休む暇はないな。保証しよう神谷、それは無意味だ」
「俺は!俺は久保に託されたんです!!頼むってあいつは俺にいったんだ・・・・・!」
「違う、違う神谷。ごめん泣かないでくれ。ごめん・・・・!」
「俺の代わりに俺の分も走ってくれと、そういわれたか?お前がそう思い込んでいるならそれは思い上がりだ。久保のサッカーは久保だけの分しか初めから無い。久保は死んだ。久保のサッカーはもう無い。神谷、お前はお前の分だけを走ればいい。俺が保証するから」
 泣かないで神谷。
 神谷、神谷、神谷、神谷、神谷。
 俺じゃ何も出来ないから、どうか悲しまないで。





 神谷は頷きも逆らいもしなかった。
 だけどもう外を見ようとはしなくて、深く深く考え込んでいた。
 岩上さんが帰ってせっかく二人きりだっていうのに、なんでかいたたまれなくなって、俺は病室を出た。
 どうして。
 どうしてこんなに気持ち悪いんだ?
 神谷は踏みとどまってくれそうで、一安心じゃないか。これでようやく安心して見てられる、いつも通りの生活が返ってくる。
「・・・・・・・・なんで?」
 なのに俺は、なんで嬉しくないんだろう。





「なんであんな事いったの?」 
「何が」
 返って来たのはいつもどおり不機嫌な声で、少しほっとした。
 いや、こんなジジイで和んでるなんてやだけど。
「俺が保証してやる、なーんて。らしくなくない?」
「異論があるなら聞くが?」
 顔も上げずにいわれると、非常にむかつくよね。
 そりゃあ俺だって、神谷がもしかするとそう思ってるのかなって考えてたけど。幽霊じゃ何もいえないし、黙ってみてるしかないじゃないか。
「全部押し付ける気はなかったんだけどなー」
「気はなかった、じゃなくて何も考えてなかった、だろう。言葉は正確に使え」
「細かいのは歳を取った証拠だよね」
「・・・・・・・・何が不満だ」
 不満じゃないよ。ただ気持ち悪いだけだ。
 腹の奥のほうがぐるぐるする。
 この人の目は、時々なにもかも見透かしていそうな気がするんだ。
 嫌だな。
「何も。感謝してるよ?」
「俺は保証を与えただけだ。神谷は初めからわかっていた。あれはズタボロになっても立ち上がる人間だ、お前とは違う」
「・・・・・ひっどいなー、岩上さん。嘉晴泣いちゃう」
 そうだよ、神谷はそれでも必死に立ってる。そんなの最初から知ってる。
 俺はどんなときでも前を睨みつけるあの目が、なにより好きだった。
 だから、大丈夫なんだ。大丈夫なんだ。俺はまだ大丈夫。

 ・・・・・・なにが?

 何かに愕然としたとき、不意に携帯が鳴った。
「ハイ、・・・・・・・・・落ち着け斉木。どうした?・・・・・・・ああ、来てない。・・・・・・・・・・・・わかった、俺のほうでも探してみる・・・・・・・・・・・・馬鹿なこと言うな!あいつはそんなヤワじゃない。・・・・・・・わかった、そうしてくれ」
 斉木さん?
 あいつって、まさか。
「神谷がどうかしたのか!?なにがっ!!?」
 心臓が、もう無いけど胸の辺りが冷えて冷えて冷えて。
 痛い。
「姿が見えないそうだ。病室を抜け出したのは間違いないらしいんだが、その後の行方が知れない」
 岩上さんの狼狽の混ざる声が、冷え切ったそれを掴んで。
 俺はゆっくりと目を閉じた。






 カミヤガユクエフメイ。








 ああ、良かった。


















 3へ