全てが嘘であったとしても。




最後の向日葵 3





「馬鹿なことをいっていないでお前も探しにいけ!」
「馬鹿なことじゃない、神谷が呼んでるんだよ。俺にはわかる」
「だから、体を貸せと?」
 いつになく冷ややかな目で岩上さんが俺を見る。
 それでも俺は、頷いた。
「神谷と話がしたいんだ。だから、お願いします」
 土下座でもなんでもする。神谷を助けられるなら、なんだってするから。
「お願いします」
「・・・・・これ以上神谷を苦しめる気か、久保」
「なにいって」
「今更八年前に死んだお前に、会う。おまえの気はすむだろうが、あいつは二度も悲しまなきゃならない」
 苦しむ、だろうか?
 苦しむのか。
 今でさえあんなに傷ついていて、それをまた苦しめるんだ。お前を救えるのは俺なのに、俺の存在はお前を傷つける。
 とっくに成仏したはずの俺を見て、神谷は笑ってくれる?
「いい・・・・探しに行く」
 ああ、笑ってくれるだろう。
 痛みに顔を歪めながら、それでも笑ってくれるんだろう。


 俺だろうと、お前を傷つけるのは許せない。






 月明かりに、広いグラウンドが見えてくる。
 まだ新しい校舎。
 神谷が行くならここしかないと思った。といってもこんな時間に学校が開いてるのかは謎だけど。
 閉まってても神谷なら入っちゃいそうだよな。
 俺は深く息を吸う。ここには死んでからもちょくちょく来たけど、本当はもっと生きてるうちにきたかったな。
 グラウンドの隅には、大きなイチョウの木があった。なんで桜じゃないんだと矢野とかが文句を言ってたけど、神谷は銀杏の木が好きだった。
 夏の暑い日の休憩は、いつも銀杏の木の木陰だった。
 神谷はここで三年間過ごして、俺も一人遊びのように、それでも三年間過ごした。
 神谷は卒業してからはここには来なかったし、俺もだから来なかった。
 それでもここは原点だ。

「神谷」
 いた。
 大きな銀杏の木はまだあって、その下に神谷もいた。
「神谷」
 振り向かない。
「神谷!」
 振り向かない、わかってる。
 俺の声は聞えない。神谷は静かに銀杏の木を見上げている。
 俺の声は届かない。だから神谷は、誰にも振り返らない。
 喉をからして叫んでも、お前は俺をみない。
「かみやあ!!」
 泣きたくなる。
 お前が俺を呼んでいる。誰でもなく俺を、俺だけを呼んでいるのにどうして俺の声は届かない。

 静かにイチョウの木を見上げる神谷は綺麗だ。月明かりでは表情まではここからじゃ見えないけど、ひどく神谷は綺麗だ。
 ぞっとするほど綺麗で、静かで。
 そんなのお前じゃないよな。
 お前はもっと火みたいに激しくて炎のように温かくて、強がりで素直じゃなくてでもすごく優しい。
 俺のせいでこうなったなら。俺がいなくてそんなに苦しいなら。
 いつまでも俺を呼ぶなら。
 いっそ、連れて行ってしまおうか?
「かみ・・・・・」
「神谷!!」
 その静かさを破って声が響いた。
 生きている人の声。
「神谷!!」
 名前を叫びながら走ってくる姿が見える。斉木さんだ。
「神谷!!」
 呼んでも無駄だよ。神谷は振り返らない、だから邪魔しないでくれ。
 神谷は振り返らない。俺以外の声に振り向くはずがない。
 だって神谷は俺を呼んでる。いつまでも俺を呼んでる。だから誰にも、アナタにも振り返らない。
 どれほどあなたが呼んだって、神谷の静かさは守られる。神谷が振り向かない限り、ここは俺と神谷の場所だ。
 斉木さんの声は届かない。
「神谷!!!」


 お願い。




「・・・・・・・・・斉木・・・・さん・・・」






 嘘だ。







 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、どうしてっ!!
 どうして神谷!!嘘つき!!
 なんで、なに振り向いてるの?なにやってるの?嘘だろ、今ならまだ間に合うよ神谷。
 嘘だといって。言えよ。お前が呼ぶのは俺だろう。俺だけだろう、どうしてそんな目で俺以外を見るんだ。
 嘘だ神谷。どうして。
 神谷神谷神谷。
 どうしてその人の手を取るの?
 俺を裏切るの?

「かみやあ!!」

 叫んで伸ばした俺の手が、神谷の腕をすり抜けた。





 ああそうか。
 これが現実。

 俺はもう、もう。



「嫌だ・・・・・嫌だ嫌だいやだあ!!嫌だよかみやあ!!!」
 だけど神谷は振り向かない。
 俺の声は聞えない。




 俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「死・・・・んだ・・・・・の・・・・・・・か」












 何一つ届かなくて当然なのに、俺はなにを夢見てたんだろう。
 傷だらけでそれでも前に進むお前を裏切り者と呼んでまで、俺は何を守りたかったんだろう。



 お前の痛みを望んでまで。







 俺は汚い。












 やりたいことはいっぱいあった。夢とかそんなんじゃなくても、明日あれが見たいとか、あの話がしたいとか、あれが食べたいとか。
 あのプレイがしたいとか、あの練習をしようとか。
 つもり積もった些細なことは、だけどすぐ忘れた。ふらふらと彷徨っているうちに、どんどん忘れていった。だから、大丈夫なんだと思った。

 派手なネオンがぴかぴかと光って安っぽく誘うようだった。こんな夜中に、それでもここには人があふれていた。
 それでも、誰も俺を見ない。
「神谷、神谷、神谷、神谷・・・・・」
 救いを欲して名前を呼んでも、何一つ還らない。

 当然だ。
 俺はお前を利用してただけだ。呼び声を言い訳に使って逃げていただけだ。一人で逝くのが怖かったから、八年もここに居座った。お前を利用して。
 お前が呼んでいるのをいいことに逃げつづけた。死にたくなかった。お前の為なんて大嘘だ。俺はただここに居たかった。一人で逝くのが怖かった。死にたくなかった。
 お前のためじゃない。何一つ、お前のためじゃないんだ神谷。だから許せなかった。

 もう俺を呼ばないお前が許せなかった。お前の為にここにいるなんて、ただの言い訳なのに。でもその言い訳が必要だった。なくなったら逝かなきゃだった。
 俺一人で! 
 許せないと思った。お前がやっと俺から自由になれたのに!!

 ああもう、お前は俺を呼ばないんだな神谷。ようやく幸せになれるんだな神谷。
 なのに俺は。
 大好きだよ神谷。愛してると思った。そう信じた。お前の幸せを喜べないこの俺が!

 今こうして、声を荒げて俺自身を罵ってみても、それでもまだ俺は嫌なんだ。
 お前が俺以外の手を取ったことが、嫌で嫌でたまらないんだ。ようやく前に進めたお前が嫌なんだ。
 話すことも触れることも、何一つ出来ない俺をそれでも呼びつづけて欲しかったと、そう思うのは愛情なんかじゃない。
 俺の居場所が欲しいだけなんだよ!


「あは・・・・・・・アハハハハハハ!!あはは・・・・はは・・・・・・・・・・・・・・!!」


 嘲える。
 こんなところを、誰にも見られず俺は歩いて。
 俺はただお前を言い訳にしてただけだった。それだけだった。



 でも本当に?
 それだけだったのか。好きは全部嘘で、ただの誤魔化しだったのか?
 違う、俺は、本当に神谷が。
 笑った顔も泣いた顔も全部大好きだった。俺を呼んでくれるのが、その想いがただ嬉しかった。
 大好きだよ神谷。
 神谷と一緒にいたかったんだ。


 嘘つき。
 ただの言い訳のくせに。そう思い込んで楽になろうとしてるだけだ。

 違う、俺は、本当に。

 そんなに楽になりたいか?神谷に全部押し付けて。

 違う。俺は・・・

 嘘つき。




 不意に顔を上げると、見知らぬ人が俺の体を通り過ぎていった。
「うあ・・・・・・あ・・・ああああああああああ!!!」
 叫んでも叫んでも涙は出なくて、また誰かがすり抜けていく。
 耐え切れず空に上がっても、泣くことも吐くことも出来ない。

 俺は、死んだから。




 ここにはいられない、でもあちらにも逝けない。
 俺は、まだ、この期に及んで怖がってる。



 俺は汚い。






「神谷が見つかったそうだ」
 こんな夜中に、それでも仕事場の明かりはついていた。
 もう、ここしかなかった。
「・・・・・・・」
「斉木から連絡があった。病院にこれから戻るところだそうだ」
 助けて。

 そう言ってしまえば楽になるだろう。
 でもこの人は、俺を助けない。わかってしまった。

 声を出すのが、ひどく億劫だった。
「岩上さん・・・・・・・・・・初めから、わかってた?」
 表情の読み取れない顔で、岩上さんが俺をじっと見ている。
 なんだ、そうか。そうだったのか。
 全部、俺の言い訳も逃げもわかっていたんだあんたは。わかっていて、俺の一人芝居に付き合ったのか。
 さぞかし、滑稽だったろうな。
 笑えたか、惨めで哀れだったか!?


 違う、この人は悪くない。わかってるんだ。
「・・・・・心と体が揃わなければ成長はない。神谷は前に進んだ。おまえは、八年前から止まったままだ」
 そうだね、俺は涙も流せない幽霊だ。
 八年も俺は逃げてたのか。
 だって、死にたくなかったんだ。
 ああでも、最後に聞いたこの人の声が、低く気持ちよくてよかったよ。

 グチャグチャで、わからないんだ神谷。
 俺はお前が好きなのかな?それとも、ただの言い訳だったのか?
 お前のそばにいたかったのか、独りで逝きたくなかっただけか。

 わからないんだ神谷。どれが本当なのか。
 どれも嘘だといわれたら気持ち良いだろうな。
 俺はもう、考えたくない。








 愚かで醜い俺の声が、お前に届かなかったことだけが救いだよ。











「さよなら」






















 完。


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