初めのころは真白かったその壁は、今は一面に色とりどりのお見舞いが飾られていた。
カウント・ゼロ1
「あっ、惜しいなあ〜!!」
身を乗り出して叫ぶ姿に、白衣の青年は諦め半分で咎めた。
「久保・・・・もう少し落ち着け、頼むから。昨日熱出したばっかだろうが」
「なにいってんの神谷、コレが落ち着いてられますかって!ああ、くそ、そこにパスだしちゃ駄目だってば!!」
「落ちてもしらねえぞ・・・・」
窓から身を乗り出して、隣接している中学校の校庭に叫ぶ姿に、神谷はやれやれと首を振った。
今日はどうやら練習試合らしく、ユニホームを着たまだ幼い顔が必死でボールを追っている。
半年にわたる入院生活の中で、久保はすっかり隣の中学のサッカー部のサポーターになってしまったらしい。
まあ、今までを思えば当然なのかもしれないけれど。
「どっちが勝ってんの?」
止めることを諦めて、自分も窓から身を乗り出した神谷に、今度は久保が叫んだ。
「何やってんの神谷!身を乗り出したら危ないだろ!!」
「おまえな・・・・」
「俺はいいんだよ、落ちない自信があるから!神谷は運動神経が脳細胞に代わっちゃったような体してるんだから、危ないだろ!」
どう言い返すべきか迷っていると、久保の手が不意に神谷の腕を掴んだ。
「なんだよ?」
「・・・・・また細くなってる」
「そんな気の」
「せいじゃない!!神谷!ちゃんとご飯食べてないだろ!昨日何時に寝た!?」
ここで平然と嘘がつけるような、そう目の前で睨んでくる親友のような、性格だったら良かったのだけれど、あいにく神谷は口篭もって目を逸らしてしまうような徹底的に不器用なタチだった。
「かみやあ!俺がいつも言ってるだろ!?最低一日3時間は寝て、ご飯は三食食べる!!ちょっと、聞いてる神谷!?」
「・・・・ああ」
加えていうなら、守れないことは頷けない馬鹿正直なところがあったので、問い詰める久保から目を逸らして頷くしかなかった。
そんな態度で久保が許すはずもなく、どちらが医者なのかわからない問答を繰り返していると、不意に病室のドアが開いた。
「あら、神谷くん」
「北原さん!いいところに!!」
「ちょっと神谷!まだ話は終わってないよ!!」
一瞬の隙をついて、つかまれていた腕を振り解いて抜け出した神谷に久保が叫んだ。
見舞いと診察にくるたびに細くなられていてはこっちの心臓に悪いと怒る久保に、神谷はドアのところで少しだけ振り返った。
そしてニヤっと子供のように笑うと、言った。
「大丈夫だって!心配すんな、お前らの赤ん坊の面倒見るまでは倒れたりしねえよ!!」
「神谷!」
久保が思わずティッシュの箱を投げつけたが、それが当たる前にドアは閉まった。
「ごめんなさい、邪魔しちゃったかしら?」
「まさか。ああ、でも、美奈子からも言ってやってくれ。このままじゃアイツのほうが倒れそうだ」
実のところ、久保には知らされていないだけで、すでに二度も三度も彼が倒れていることを美奈子は知っていた。
「そうね、言ってみるわ」
けれど彼女は、何も知らないように微笑んだ。
「でもわたしが言って聞くかしら。神谷くん、頑固だから」
恋人の言葉に久保は少し唸って、どこかバツの悪そうな顔で見舞いの花束をいける姿を見上げた。
「・・・・・赤ん坊だって」
美奈子も少し笑った。
「アイツはあれで気をきかせたつもりなんだから、全く」
それがどれほど不可能か、誰よりも知っているはずの神谷は、それでも夢見てるのに。
当の本人は、行儀悪く胡座をかきながら、透徹な目で現実を見ていた。
「美奈子・・・」
女の、腰に届きそうなほど長く伸びた髪を一房掴んで、病人の男は口付けて呟いた。
「・・・・・・・髪、伸びたね」
本当は、もっと違うことを言おうとしたのだけれど。
言えずに髪をもてあそぶ久保に、美奈子はいつも通りの優しい笑みで言った。
「願懸け、してるからね」
この生活がいつまでも続きますように、と。
「あちい・・・・」
まだ五月だというのに照りつける太陽と、熱気を送るアスファルトにうんざりしながらも、神谷は冷房の効いた病院から足を踏み出した。
強い日差しに、頭がガンガンする。実のところ、ここ三日ほど全く寝ていなかった。
あまり睡眠を必要としない体質をいい事にしていたが、さすがに少し横になったほうがいいかもしれない。
(でもせめて、あれのデータだけは取ってから)
それとあれも調べてこれも計算してみてなどと考え出すとキリがないことに、気づきながらも、止める気にならない。
久保は、きっと、気づいてる。
知らずに、手を強く握り締めた。こんなところで立ち止まっている暇はないのに、一刻を争うのに。
だが同時に、焦る心を押さえつけるだけの理性もあった。
研究が行き詰まるのは、何もこれが初めてじゃない。焦ったところでろくな結果は出ないと、叱咤して、それでも足早に研究室に向かう。
いつか血反吐を吐いて死ぬのは自分だと思っていた。
自分だったら、楽だったのに。
ええと、まず、久保は白血病じゃありません。
唐突に場面変わってますが、ドラくぼんと同じ話です。「カウント・ゼロ」はまあ、内タイトルみたいなものです。
神谷と美奈子に愛を注いだ話になる(予定)。
久保は・・・・どーかなあ?どこが久保神だという感じですが、私はこういう久保が一番好きだったり(笑)
美奈子も神谷もどちらの手も離さない卑怯さがらぶ。
カウント・ゼロ2へ