放課後、坂本はクリーニング店に寄り、その足で渋谷へと向かった
病室には昨日いた須原と小太郎以外にも何人か新しい顔ぶれが見舞いに訪れていて、調度帰る所だった。ベットには見舞いの品と思われる雑誌やマンガ、ゲームなどが乱雑に置かれている。坂本は皆が消えるのを待って、病室をのぞいた。
「よう」
鬼塚は見慣れぬ男に怪訝そうな視線を送る。
無理もない。痛みで朦朧としていたせいか、昨日の記憶は殆どないも同然だった。
坂本は昨日と同じようにベットの傍のパイプ椅子に座る。
「お前は確か・・・・」
「覚えてないのか?」
「いや、ああ、そうだ。確か坂本とか言ったな」
「良かった。殴られて過ぎて記憶がぶっ飛んじまったのかと思った」
鬼塚は苦笑した。
思い出したくも無い、シャレにもならない冗談だったが、この男が言うと、なぜかあまり不愉快には聞こえなかった
「これ、昨日看護婦から預ったコートと制服。ここに置いておくな」
坂本は起き上がれない鬼塚のために、紙袋の中味を見せ、ベットの脇に置いた。
「悪いな。わざわざクリーニングに出してくれたのか」
「かなり血がついてたし、早くしないと染みになるだろ。コートなんてむちゃ高そうだったし」
「助かったよ」
「それから、これ」
坂本はポケットからタバコを一箱取り出した。
「一応見舞いの品」
枕元に置かれたタバコに、鬼塚は何とも言い難い顔になる。
「しょぼいな」
「悪かったなぁ。このコートのクリーニング、なんとか仕上げとかで高かったんだぜ」
鬼塚は喉の奥で笑った。
「一本火ぃつけて、くわえさせてくれねぇか」
「病室だぜ」
「少しなら構わねぇさ。ここにいる間ずっと禁煙なんて、逆に病気になっちまう」
「しょうがねぇ奴」
「お前が持ってきたんだろ」
坂本は窓を少し開けると、言われた通り火のついたタバコを鬼塚の口元へ運んでやった。
鬼塚は煙を吸い込む瞬間、低い呻き声を上げたが、実に満足げな様子だった。
吸い終わると、坂本は短くなったタバコを受け取り、携帯用の灰皿に押し込んだ。
「そんな物わざわざ持ち歩いてるのか」
「常識だろ」
「真面目な奴」
「お前が不良なんだよ」
声を上げて笑いかけ、鬼塚は激痛に顔をしかめた。
「痛むのか?」
「そりゃな。プライドも何もズタズタだ」
「悪かったな」
「なんでお前が謝るんだ」
「そうだよな。なんでだろう」
「妙な野郎だぜ」
「葛西を恨んでるか?」
「・・・・いや。恐らく葛西って野郎もきっと可哀相な野郎なのさ」
「カワイソウ?」
「どこでもトップにいる奴は孤独だからな」
「お前もそうなのか」
「俺?俺はもうトップなんかじゃねぇよ」
「そうなのか?」
「何も知らねぇんだな、お前」
「う、まぁ、知らないといえば知らないかな」
「吉祥寺の前田に負けてから、トップの座には興味がなくなった。それまでは結構ひでぇ事してたし、仲間との信頼もクソもなかったからな。トップなんてそんなもんだ。
葛西って野郎も、そう言う意味じゃ、俺と同じなのかもな」
「独りって事か」
「さぁな。ただのバカかもしれねぇし」
「バカには違いない」
「どうせ四天王全員を狙うんだろう。前田なら、奴を止められるかもしれねぇな。俺がそうだったように」
「葛西を・・・止められる?」
「かもな。奴に無理なら誰でも無理だ」
「出来たら俺の手で止めてやりてぇ」
鬼塚はきょとんと目をしばたかせた。
「お前に?そりゃ無理だ」
「なんでだよ」
「弱そうだから」
「悪かったなぁぁぁぁぁぁ」
坂本は勢いよく立ち上がった。
「じゃあな」
「なんだ、帰るのか」
「面会時間とっくに過ぎてるしな」
「また来いよ」
「もう来ねぇよ」
「待ってるぜ」
「待たなくていい」
「明日も来いよな」
「来ない」
「来いよ」
坂本は意地悪くにっこり笑った。
「気がむいたらな」




その日葛西は午後になってようやく学校に顔を見せた。
教室に入るなり坂本の隣の席に座る奴を強引にどかせ、膝を立てて座り込む。
「腹がへった。それくれよ」
葛西は坂本の食べ掛けのパンと缶コーヒーを奪い取る。
「昼飯まだなのか」
「朝から何も食ってねぇ」
今日の葛西は機嫌が悪い。それも相当悪かった。
長年の付合いだから、相手の機嫌の善し悪しもすぐに感じ取れてしまう。
「それ、どうした?」
葛西の右眼の上には、昨日までなかった傷に、小さな判創膏が貼ってあった。
葛西は意味ありげに笑む。時折坂本でさえ、その凶暴な眼差しに戦慄く事がある。
「残るは一人だ」
「まさか、相手は吉祥寺の前田か」
「いや、浅草の薬師寺とかいう弱ぇ野郎だ」
「前田じゃないのか」
坂本は我知らず安堵する。
『前田なら葛西を止められる』鬼塚の言葉が脳裏をよぎる。
『奴に無理なら誰だって無理だ』そうも言っていた。
「何考えてる」
葛西は静かに、だが確かな殺気を孕んで坂本を睨み付ける。
「てめぇ、何考えてやがる」
「別になにも」
「最近、よくいなくなるよな。知らねぇとでも思ったか。どこに行ってる」
「お前には関係ない」
沈黙が怒りで震える。
「俺を、裏切りるなよ、坂本」
「俺を裏切り続けてるのは、お前の方だろ」
「俺がお前を裏切るのはいいんだよ。だけどなぁ、お前が俺を裏切るのは許せねぇ。絶対に、死んでも許さねぇ。許せねぇんだよッ!」
葛西は突然立ち上がり、派手に椅子を蹴り上げた。
教室内に、ピンと張り詰めた空気が流れる。
「これ以上妙なマネすんな、いいな」
「お前に命令されるつもりはない。俺はお前の舎弟じゃないからな」
坂本は葛西に劣らぬ気迫を纏う。
「調子に乗るなよ、坂本」
「どっちがだよ」
熱を孕んだ視線が絡み合った。
「俺はまだ、お前の親友か?それとも他の奴と同じただの舎弟なのか」
「・・・・・・・」
先に視線を外したのは、葛西。
「クソが」
吐き捨てて、葛西は教室を出ていく。
「葛西・・・・」
俺はまだ、お前の親友なのか。





「どうした。浮かない顔だな」
鬼塚にそう指摘され、坂本は慌てて顔を上げた。
鬼塚は昨日くらいから起き上がれるようになったらしく、
多少なら、歩き回れる程に回復していた。
「悩み事か」
「いや、まぁな」
「いつも以上に辛気臭い顔してるぜ」
「いつもって何だよ」
「ここ2、3日顔見せないから心配してたんだぜ」
「ああ、ちょっと色々あってな」
「話せよ。何があった」
「ん、いや、葛西が浅草の薬師寺を倒したらしい」
「お前まだ葛西にこだわってたのか。報復ならいいんだよ。楽翠は動かねぇ。これ以上誰も傷付かなくていいんだ」
鬼塚は坂本が楽翠の生徒だと思い込んでいるらしかった。
「葛西を止めたいんだ」
坂本は思い詰めた表情で軽く唇を噛む。
「ちょっと外の空気でも吸いに行くか」
「えっ?」
「坂本、お前この世の終りって顔してるぜ」
「外にって、出歩いたりしていいのか」
「ちょっとだよ、ちょっと。ヤニも吸いてぇしな」
坂本は鬼塚に肩を貸し、二人は外来病棟の側にある広場の芝生に腰を下ろした。
「いててて」
坂本は足を伸ばして座ろうとする鬼塚を支えてやる。
「おいおい、大丈夫か」
「世話かけるな」
「ホントにひでぇ怪我なんだな」
「だから、葛西に報復とか仕返しとかバカな事考えるなよ」
「そんな事は考えちゃいないよ」
「なんだよ、俺の為に復讐でもするつもりだったんじゃないのか」
「自意識過剰、自惚れ過ぎなんだよ」
鬼塚は楽しそうに笑い、タバコをくわえた。
「じゃあ、なんで葛西の野郎を止めたいなんて言い出したんだ」
親友だから・・・とは口には出せなかった。
そもそも葛西はまだ自分の事を変わらず親友と思ってくれているのだろうか。
今となっては、それすら疑わしくなっていた。
「だからぁ、そうやってシケた面すんなって。お前がどうこうしなくても、葛西だってそのうち気付くさ」
「何に?」
「一番大事な物にだよ」
「そうだといいんだけどな」
鬼塚は二本目のタバコに火をつける。
「鬼塚ってさぁ」
「なんだ」
「イイ奴だよな」
「はっ?」
鬼塚は思わず手の上に火のついたタバコを落としてしまった。
「あちぃっ」
「何やってんだよ」
「お前が突然妙な事言うからだろ」
「妙って?なんだよ」
「俺みてぇな極悪人捕まえてイイ奴はないだろ。嫌味にしか聞こえないんだよ」
「お前ってそんなに悪い奴なのか?」
「少なくとも良く言う奴はいないと思うぜ。金欲しさに詐欺まがいのパー券売らせたり、気分次第で殴ってたし、気に食わねぇ族の頭をパイプで潰したり。中学の時にダブってるしなぁ、他には、」
「自慢になるかよッ!ダブりって何歳なんだよ」
「今年で19になるかな」
「じじいだ、ジジィ」
「うるせぇよ、ガキ」
騒ぎ過ぎたのか、鬼塚は胸を押えて身を屈める。
「大丈夫か?」
「ああ、笑い過ぎた」
「そろそろ病室に戻ろう」
そう言って立ち上がりかけた時、
「なんや、こんな所におったんかいな」
二人の姿を見つけた須原が、手を振りながら近付いて来た。
坂本は咄嗟に身を翻す。
「またな、鬼塚」
「帰るのか。まだいいだろ」
「いや、帰るよ。今日はありがとな」
「別に何もしてないぜ」
「充分過ぎるくらいしてくれたよ。じゃあな」
「おい」
鬼塚は思わず坂本を呼び止めた。なぜかこのまま二度と逢えないような、根拠のない不安に苛まれていた。何かを決意した坂本の双眸は強い光を秘めていたが、だがどこか危うく、今にも崩れそうに脆くもあった。
「また来るよな」
「ああ、また来るよ」
鬼塚は去って行く坂本の背中から視線を反らす事が出来なかった。
「鬼塚さん、今の誰でっか」
逃げるように立ち去ってしまった坂本に、須原は小首を傾げる。
「ああ、よく見舞いに来てくれる奴だ」
「見舞いぃぃ?他人から恨みを買う事はあっても、決して恩は売らない鬼塚さんに、
ワイら以外に見舞いに来る奴なんておるんかいな」
「喧嘩売ってんのか」
「冗談やて、冗談。いや半分本音やけど。せやせや、頼まれとった件な、」
「いや、あれはもういいんだ」
「へ?二年に坂本ちゅう生徒ちゃんとおったで」
「そうか、いたか。いたのか」
鬼塚の声は弾んでいた。
「須原、もう一つ頼まれてくれるか」
「おう。何でも頼んでくれてかまわんで」
「吉祥寺の前田に、今回の件、忠告に行ってくれないか」
「前田て、あの前田?」
「ああ」
「葛西を止められるのは奴しかいない」
「なんやよう分からんけど、ええで。今の鬼塚さんごっつええ感じや」
「ええ感じか」
「ええ感じや」
須原に支えられて病室に戻る鬼塚を、凄まじい形相で睨む人物がいた。
押えようのない殺気を背中に感じ、鬼塚は振り返る。
「どうかしたんか?」
「いや。気のせいみたいだ」
金色の髪の男は、口元に酷薄な笑みを浮かべ口元を歪める。

「今度こそ殺してやるよ、鬼塚」













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